Category Archives: research

英語における兵隊の呼称

日本語で「兵士」・「兵隊」といえば軍隊全体に通用しますが、英語では それぞれの軍隊にあわせて個別の表現があります。 米陸軍、米陸軍州兵、英陸軍:ソルジャー soldier 米軍愛称:グラント grunts 英軍愛称:スクワッディー squaddie 米海軍:セーラー sailor 米海軍愛称:ブルージャケット bluejacket 英海軍:シーマン seaman(セーラーも可) 英海軍愛称:ジャック、ジャック・タール Jack, Jack Tar 米海兵隊:マリーン Marine(頭文字大文字) 米海兵隊愛称:ジャーヘッド Jarheads 英王立海兵隊:ロイヤル・マリーン Royal Marine 英王立海兵隊愛称:ロイヤルズ Royals、ブートネックス Bootnecks 英米海兵隊共通愛称:レザーネックス leathernecks 米空軍:エアマン airman 英空軍:アイクラフトマン aircraftman 英陸軍航空隊:エアトルーパー airtrooper 注:パイロットと搭乗員は通常、pilotsとaircrewなどと呼称します。aviatorという表現もあります。 兵科別— 騎兵、機械化騎兵(戦車部隊の一部):トルーパー trooper … Continue reading

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日本と海外からの視点の乖離:2008年ブラジル会議を検証

2015年10月26日に国連の「子どもの売買、児童売春、児童ポルノ」に関する特別報告者、マオド・ド・ブーアブキッキオ(Maud de Boer-Buquicchio)氏による「特に極端な児童ポルノ・コンテンツを扱った漫画は、禁止すべきだ」という発言は大きな話題を呼びました。しかしながら過去に遡るとこのように創作上の行為と現実社会での行為を類似物であるという主張が海外の国際会議では何ら珍しくありません。 兎角、日本のマンガ・アニメの現状から掛け離れた議論が展開されている例として、2008年にブラジルで開催された「第3回子どもと青少年の性的搾取に反対する会議」で日本のアニメ・マンガがどのような脈絡で論じられたかを検証すべきだと思います。 以下、2008年に発表されたエクパット・インターナショナルが発表した論文からの抜粋と小生による翻訳です。 原文:Child Pornography and Sexual Exploitation of Children Online – A contribution of ECPAT International to the World Congress III against Sexual Exploitation of Children and Adolescents (Rio de Janeiro, Brazil 25-28 November) 抜粋箇所:同書の17ページから20ページ 原典は同会議オフィシャルウィブサイトに掲載もその後ドメイン失効でリンク切れの模様http://www.iiicongressomundial.net/congresso/arquivos/thematic_paper_ictpsy_eng.pdf (2015年現在リンク切れですが “Child … Continue reading

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2013年――同人誌の再定義

この投稿「2013年――同人誌の再定義」は「Redefining Doujinshi in 2013」という題名で全文を英訳し、公表する予定です。それに際してご意見などありましたらお気軽にお知らせください。―兼光ダニエル真 マンガ同人誌がファンの間で活発な発表媒体となってからそろそろ40年以上が経過します。マンガとアニメの世界が爆発的に広がり、様々な作品ジャンル・アニメ作品・商業マンガ雑誌の栄枯盛衰が繰り返されてきました。これにも関わらずマンガ同人誌の世界は拡大と発展を続けました。 ファンの交流の手段の一つであるマンガ同人誌文化。新しいファン交流の手段が登場するたびに紙媒体での同人誌の行く末が案じられました。 マニア同士のコミュニケーション手段である草の根BBSや新しい発表媒体であるPCゲームの登場は、同人誌即売会を脅かすどころか同人文化に更なる多様性をもたらしました。インターネットが一般化することでこれまで同人誌即売会に依存してきたファン同士の交流、そして同人誌という紙媒体を経由した作品発表の手段がネットに移行し、個人出版の形態をとった同人誌が廃れるのではないだろうかと不安がる声もありました。 しかし実際にはネットの普遍化は同人誌文化により多くの人々を引き込むこと結果となり、参加者数が激減したり発表作品が減少することもありませんでした。 同人ショップと呼称されることもある同人誌委託書店の登場、インターネットでの無断転載行為、コスプレの社会での市民圏の獲得、同人作品のネットショップの稼動、一般商業作品による同人誌界の紹介がもたらした更なる露出、オンラインにおける個人作品投稿を主眼に置いた巨大ポータルサイトの台頭、電子出版の一般化――様々な変化の波が同人文化に押し寄せるも意外なまでに同人誌の市場と存在感は揺らがず、今や企業戦略の一部の組み込まれているような時代になりました。 日米両国のファン文化の対比と交流に直接関わってきた人間としてはこの日本のマンガ同人誌文化の強かさに常に驚かせられると同時に多くの疑問を感じてきました。日本では「当たり前」な同人界がなぜ外国では希薄に思えるのか。法律や制度的には砂上の楼閣であるのは否めないにも関わらずどうやってこれほどまでにしっかり根付いているのか。様々な疑問を一つ解明できたと思えば新たな疑問が複数発生します。 翻訳家という立場上、異なる制度や文化について考える機会に私は恵まれてきました。そして海外の方々に日本のマンガ同人誌を理解して頂くにはどう紹介すべきか考えるようになり、そもそも同人誌とはなんだろうかと問うようになりました。マンガ同人誌を廻ってこれまで積み重ねられた伝統や慣習、徐々に構築されてきたインフラや常識、そしてゆっくり変貌する性質や立場について間近な立場で接しているとあまり疑問に感じません。渦中に居る人間にとっては「空気」のようなものなので意識する事があまりないのです。 私もまた日本で生まれ育ち、長年緊密に関わって来た為、同人文化については「なんとなくこうなている」という刷り込みがあります。外国人にそれを説明のを強制されなければあまり深く考えることがなかったかもしれません。 しかしながらマンガ・コミックスを廻る個人創作と発表の機会においては日本は今もなお世界一を誇っています。日本の同人誌文化はアニメ・マンガの成功に根ざしたものであり、その成功は日本独自の文化による物だという意見があります。私はこの意見を承服できません。兎角日本の同人誌文化を限って言えば、「自然」な点はほとんどなく、「こうなるべくしてこうなった」ものはほとんど無い――私はこのように確信しています。 様々な明確な決断、努力して構築された在り様、そして色々な偶然の上に今の日本の同人誌界は成り立っていると考えています。同人誌の歴史を振り返ってみると大きな転機が複数見つけられるからです。そして2013年現在、また新たな大きな転機が日本のマンガ同人誌界を巻き込んでいるように思えます。 そもそもマンガ同人誌は1970年代に定着し、そこから21世紀に変わるまでの間に爆発的な発展と遂げました。同人誌の世界が盛り上がり始めた当時、同人誌と商業誌を隔てる「境界線」は明解で、二者の違いは自明であると思えました。商業誌とは法人が何十人もの専門職を駆使して事業として公で行う商業活動であるのに対して、同人誌とは個人の趣味であり一人か少人数で本を制作し自ら販売を行い同好の人間との交流を主眼とした私的な活動である。もちろん例外はありましたが、全体像を見据えるとこのように結論するのは難しくありません。 実際、日本最大の同人誌展示即売であるコミックマーケットでは参加の条件を個人主体の自費出版であり、商業的販路では入手できないものと長年規定してきました。サークル申込書には「コミックマーケットはアマチュアの為の展示即売会です。法人、営利目的などの団体の参加は基本的にお断りします」と明記されています。もちろんプロを排除しているわけではありませんが、一般のアマチュアの参加を基準としており、参加するサークルに対して商業活動とは差別化された活動を参加条件として設けています。 コミケットは自らを同人誌などの展示即売会であると定義し、同人誌を商業販路に乗っていない個人出版と大まかに定義する一方で、オリジナル同人誌(自費出版)最大のイベントであるコミティアでは異なる基準を活用しています。企業と法人のサークル参加を受け付けない一方で、個人主体のサークル参加者によるオリジナル作品である限り商業作品の頒布も容認しています。 この一方、多くのイベントでは同人誌の定義もサークル参加の条件について明確に規定しないのが数多くあります。「同人誌即売会なのだから個人主体のサークルが商業誌ではない同人誌を売る場所」という「常識」が見え隠れするのです。これは即ち「同人誌は個人主体であり、企業や法人による出版事業は商業の世界に留まるべき」という暗黙の了解のような共通認識が強い力を発揮していると言えます。 もちろん、この共通認識は完全ではなく、時代と共に変化しています。しかしそれ自体、どのように構築されて維持されてきたのでしょう。 同人誌と商業誌が異なるというのは当たり前と思われるかもしれませんが、そもそもそのような差別化は先進国では日本でしかありません。個人が自ら娯楽を制作し、それを他人へ発信するにはそれなりの豊かさが無いと成り立ちません。アマチュアによる創作活動は欧米ではめずらしくありませんが、「同人誌」という独自のメディアの区枠は希薄そのものです。商業誌と同人誌と言う区分は設けられず、出版事業の大きいか小さいかで差別化される傾向が非常に強いのです。 ファンジン文化というのが欧米でもありますが、これは同好の人間が交流と情報配信・作品発表しる手段であるという点では日本のマンガ同人誌と似ています。事実、1970年代初頭の段階では日米の間ではファンジン文化は非常に似通っていたといえるでしょう。しかし日本ではマンガ同人誌が驚異的な発展を遂げた一方、アメコミファンジンは評論系の比重が強いままで裾野が広がることはありませんでした。1970年代、アメコミ専門店の発展に土台となった配給システムが非常に規模の小さい商業出版事業の操業を可能とさせました。この為、日本では同人誌の世界に留まるような表現もコミック出版の世界に食い込む事が出来たのです。もちろん、これらのほとんどはオリジナル作品ですが、パロディも一定の範囲内ならば商業的な展開が可能です。 米国にファンジン文化は1980年代に入ると政治色の強い社会啓蒙的執筆やニッチな趣味の交流の場としての色合いが強くなり、娯楽性に富み多くの読者を楽しませられるような作品は益々商業コミック出版の世界へと押し出されて行きました。即ち日米で共有されていた「ファンジン文化」は米国では娯楽作品と主体とした弱小出版事業と政治色やサブカル色が顕著なZine文化へと変貌していったと言えなくも無いと思います。 以上、「ファンの発行物」として日米を比較しましたが、それでは「自費出版」という区分けで比較するとどうなるでしょう。欧米でも自費出版は珍しいものではありませんが、「出版の基準に照らし合わせて劣っている図書」であるとしてvanity press(「虚栄出版」――自己顕示欲から生み出された見栄の固まり)というレッテルが長い間定着しています。ネットと電子出版がもたらした「情報の配信の民主化」と弱小出版社の脆弱化から自費出版は見直されていますが、「良い原稿ならば出版社がいつかは拾い上げる」「出版社から受理されない本は劣っている」という偏見は今尚強いと言っても過言ではないでしょう。 またマンガ作品に限って言えば、ファンジンという形態では頒布するには日本の即売会のような頒布する機会は限定されており、結局の所は郵便による通信販売が大きな比重を占めます。こうなると多少背伸びしてもアメコミ専門店の配給システムに乗せることが非常に魅力的に見えてきます。 つまり日本のように「商業出版では出来なくとも同人出版ならば出来る」という発想自体がないのです。すべて規模か優劣の問題であり、「同人ならば許される」というような棲み分けがなく、同人出版そのものの魅力的が日本に比べると弱いといえるかも知れません。 絶対的価値観が顕著な欧米では不特定多数の他人の目に届くような活動については等しく法の下で判断されます。もちろんゲリラ活動的な執筆・出版行為は主にZine文化の範疇で行われていますが、これらは政治色が強い創作活動や社会的メッセージ性が強い著作物以外ではあまり見かけられません。 逆に日本では相対的価値観が強く、「アマチュアの範囲ならば追及しない」「ほどほどに弁えているならば相手にファンの関心が向うような機会を与えたくない」「同人ファン活動に留めている限りとやかく言わない」など通常の出版社が行えば問題になるような二次創作的著作物でも同人誌ならば黙認する傾向があります。もちろん法律ではこのような例外規定はありません。しかし多くの著作権や出版に廻る法律規定は親告罪であったり、解釈の猶予があるためにこのような差別化を内在した棲み分けを奨励する状況を生み出しています。 しかし日本では相対的価値観が強いと言っても娯楽コンテンツ全般に対して同じような許容的姿勢を示しているというわけではありません。「玩具模型の中における同人誌」とも言えるようなガレージキットは当初は趣味の範囲、私的領域から派生したにも関わらず現在では企業の承認なくして他人と共有する事が出来ません。音楽についてはかなり強大な権利団体が関連する知的財産権について例外なく追及する姿勢を示しているのは周知の事実ですし、警察も猥褻の追及については同人誌に対して当初黙認していたのも1991年を境に追求するようになりました。つまり現在の同人文化は必然ではなかったと考えられるのです。 私は日本語の同人誌を英訳する際に色々な表現を模索しました。しかし数年掛けて思案した結果、最終的には「doujinshi」(若しくはd?jinshi)がもっとも適当と感じ、この表現を率先して使ってきました。1995年頃の話です。このような結論に至って最大の理由は「同人誌は日本において独自に進化したメディアであり、その歴史や形態において他国の出版文化とは大きく異なるので置換は不可能」と思ったからです。 同好の人間が原稿を持ち寄せ、生み出された本を志を共有する人間と共有する行為は少なくとも明治まで戻りますが、マンガで同じような活動が活発になったのは60年代以降です。1950年から1960年まで石ノ森章太郎が執筆・編集した『墨汁一滴』がほぼ確実に日本初のマンガ同人誌ですが、この本は肉筆回覧版形式(原本が一冊しかなく、それを代わる代わる会員が読む)だった為に、現在の同人誌の形態がから大きく異なります。1960年代に入ると謄写版(ガリ版)[mimeograph]の普及とマンガ文化の発達を伴って、現在の同人誌文化へと大きく近寄ります。各学校のマンガの同好会などで(1)プロ以外の人間が(2)仲間達に提供するのを目的で原稿を執筆し(3)複製印刷物を用意し提供していました。現在の同人誌の定義とかなり近づいていますが、この当時制作された同人誌が提供さえる場所は学園祭・地元の本屋さん・学校のクラスメートへの提供と、地域的に限定されていました。 SF大会など、地方や日本全国から人間が集まる会合が70年代に入ると大幅に増え始めます。コミケットもこの流れの一つに数えられますが、この段階で大きな転換期が訪れます。それまでは同好の人間が趣味の対象を色々な形で祭りました――上映会の開催、ゲストの招待、様々な作品の展示即売会、古書の取引、商業誌先行販売、サイン本提供など盛り沢山でした。しかし1975年のコミケットの開催を境に「同人誌が催しの主役」という形式が根付き始めます。 つまり「(1)プロ以外の人間が(2)仲間達に提供するのを目的で原稿を執筆し(3)複製印刷物を用意する」の三点に「(4)展示即売会会場という領域において限定された不特定多数に対して 頒布」が追加されたのです。 またこの四点はこの時期に急激に変貌を開始します。そもそもコミケットが開催された理由の一つが「商業マンガの作品が画一的に成り始めた」「商業作家が実験的作品が描ける場を提供したい」というのがあります。つまりアマチュアだけのイベントというよりも商業作家も実験できる商業とは違う発表の場という理念が最初からコミケットでは提示されており、これは他の同人誌即売会にも影響を及ぼします。 マンガ・アニメが爆発的な人気を誇り、二者共に若者が自らの文化であると自負できる時代が到来します。マンガは自己表現の最先端の一つであり、マンガに関わる人間も急激に増大します。この為にコミケットのみならず、複数のマンガ同人誌イベントが複数開催され、参加者数は見る見るうちに増えます。商業界も細分化が始まり、多種多様な創作ジャンルが花開き、作家の数も爆発的に増えた1980年代。商業出版においてニッチな趣味性の強い書籍も大量に出回り始め、商業作家が同人誌活動を通して趣味や遊びに興じるというのが珍しくなくなります。同人誌の執筆者の多様性が大きく広がり始めたのです。 1980年代、もう一つ重要な変化が日本のマンガ同人誌の世界に訪れます。同人誌においてオフセット印刷が急激に増え、80年代中盤に於いては商業誌にまったく引けを取らないような同人誌の印刷が可能となったのです。 私のコミケットとの接点はTRCで最後に開催されたC33(1987年の冬)から始まりました。コミケットが大規模イベントとしての礎がかなり固まり始めた時期であり、小規模ながら同人誌の委託販売を受け持ってくれる書店も出現していました。 1980年代後半になると誌面に掲載された内容のみでは商業誌か同人誌かは判断しにくくなり始めます。言うまでも無く同人誌の方が平均値で言えば商業誌より劣っているも、商業作品よりも質の高い作品が急速に増え始めたのです。 商業誌の掲載作品でもパロディがあったり、かなり荒削りな作品があったり、お世辞にもうまいとはいえない作家の作品が沢山ありました。逆に同人誌でも商業誌掲載作品と見間違うようなオリジナル作品や、高度な編集技術の紙面作り、かなり大きな規模の団体による共同執筆活動も複数ありました。 … Continue reading

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Analysizing the State of the Anime and Manga industry in 2012

Someone asked me via a personal message what would be some good ways of thinking about the anime and manga industry and how to improve things. My response grew quite long, so I thought I’d share it with everyone. 1) … Continue reading

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