2013年――同人誌の再定義

この投稿「2013年――同人誌の再定義」は「Redefining Doujinshi in 2013」という題名で全文を英訳し、公表する予定です。それに際してご意見などありましたらお気軽にお知らせください。―兼光ダニエル真

マンガ同人誌がファンの間で活発な発表媒体となってからそろそろ40年以上が経過します。マンガとアニメの世界が爆発的に広がり、様々な作品ジャンル・アニメ作品・商業マンガ雑誌の栄枯盛衰が繰り返されてきました。これにも関わらずマンガ同人誌の世界は拡大と発展を続けました。

ファンの交流の手段の一つであるマンガ同人誌文化。新しいファン交流の手段が登場するたびに紙媒体での同人誌の行く末が案じられました。

マニア同士のコミュニケーション手段である草の根BBSや新しい発表媒体であるPCゲームの登場は、同人誌即売会を脅かすどころか同人文化に更なる多様性をもたらしました。インターネットが一般化することでこれまで同人誌即売会に依存してきたファン同士の交流、そして同人誌という紙媒体を経由した作品発表の手段がネットに移行し、個人出版の形態をとった同人誌が廃れるのではないだろうかと不安がる声もありました。

しかし実際にはネットの普遍化は同人誌文化により多くの人々を引き込むこと結果となり、参加者数が激減したり発表作品が減少することもありませんでした。

同人ショップと呼称されることもある同人誌委託書店の登場、インターネットでの無断転載行為、コスプレの社会での市民圏の獲得、同人作品のネットショップの稼動、一般商業作品による同人誌界の紹介がもたらした更なる露出、オンラインにおける個人作品投稿を主眼に置いた巨大ポータルサイトの台頭、電子出版の一般化――様々な変化の波が同人文化に押し寄せるも意外なまでに同人誌の市場と存在感は揺らがず、今や企業戦略の一部の組み込まれているような時代になりました。

日米両国のファン文化の対比と交流に直接関わってきた人間としてはこの日本のマンガ同人誌文化の強かさに常に驚かせられると同時に多くの疑問を感じてきました。日本では「当たり前」な同人界がなぜ外国では希薄に思えるのか。法律や制度的には砂上の楼閣であるのは否めないにも関わらずどうやってこれほどまでにしっかり根付いているのか。様々な疑問を一つ解明できたと思えば新たな疑問が複数発生します。

翻訳家という立場上、異なる制度や文化について考える機会に私は恵まれてきました。そして海外の方々に日本のマンガ同人誌を理解して頂くにはどう紹介すべきか考えるようになり、そもそも同人誌とはなんだろうかと問うようになりました。マンガ同人誌を廻ってこれまで積み重ねられた伝統や慣習、徐々に構築されてきたインフラや常識、そしてゆっくり変貌する性質や立場について間近な立場で接しているとあまり疑問に感じません。渦中に居る人間にとっては「空気」のようなものなので意識する事があまりないのです。

私もまた日本で生まれ育ち、長年緊密に関わって来た為、同人文化については「なんとなくこうなている」という刷り込みがあります。外国人にそれを説明のを強制されなければあまり深く考えることがなかったかもしれません。

しかしながらマンガ・コミックスを廻る個人創作と発表の機会においては日本は今もなお世界一を誇っています。日本の同人誌文化はアニメ・マンガの成功に根ざしたものであり、その成功は日本独自の文化による物だという意見があります。私はこの意見を承服できません。兎角日本の同人誌文化を限って言えば、「自然」な点はほとんどなく、「こうなるべくしてこうなった」ものはほとんど無い――私はこのように確信しています。

様々な明確な決断、努力して構築された在り様、そして色々な偶然の上に今の日本の同人誌界は成り立っていると考えています。同人誌の歴史を振り返ってみると大きな転機が複数見つけられるからです。そして2013年現在、また新たな大きな転機が日本のマンガ同人誌界を巻き込んでいるように思えます。

そもそもマンガ同人誌は1970年代に定着し、そこから21世紀に変わるまでの間に爆発的な発展と遂げました。同人誌の世界が盛り上がり始めた当時、同人誌と商業誌を隔てる「境界線」は明解で、二者の違いは自明であると思えました。商業誌とは法人が何十人もの専門職を駆使して事業として公で行う商業活動であるのに対して、同人誌とは個人の趣味であり一人か少人数で本を制作し自ら販売を行い同好の人間との交流を主眼とした私的な活動である。もちろん例外はありましたが、全体像を見据えるとこのように結論するのは難しくありません。

実際、日本最大の同人誌展示即売であるコミックマーケットでは参加の条件を個人主体の自費出版であり、商業的販路では入手できないものと長年規定してきました。サークル申込書には「コミックマーケットはアマチュアの為の展示即売会です。法人、営利目的などの団体の参加は基本的にお断りします」と明記されています。もちろんプロを排除しているわけではありませんが、一般のアマチュアの参加を基準としており、参加するサークルに対して商業活動とは差別化された活動を参加条件として設けています。

コミケットは自らを同人誌などの展示即売会であると定義し、同人誌を商業販路に乗っていない個人出版と大まかに定義する一方で、オリジナル同人誌(自費出版)最大のイベントであるコミティアでは異なる基準を活用しています。企業と法人のサークル参加を受け付けない一方で、個人主体のサークル参加者によるオリジナル作品である限り商業作品の頒布も容認しています。

この一方、多くのイベントでは同人誌の定義もサークル参加の条件について明確に規定しないのが数多くあります。「同人誌即売会なのだから個人主体のサークルが商業誌ではない同人誌を売る場所」という「常識」が見え隠れするのです。これは即ち「同人誌は個人主体であり、企業や法人による出版事業は商業の世界に留まるべき」という暗黙の了解のような共通認識が強い力を発揮していると言えます。

もちろん、この共通認識は完全ではなく、時代と共に変化しています。しかしそれ自体、どのように構築されて維持されてきたのでしょう。

同人誌と商業誌が異なるというのは当たり前と思われるかもしれませんが、そもそもそのような差別化は先進国では日本でしかありません。個人が自ら娯楽を制作し、それを他人へ発信するにはそれなりの豊かさが無いと成り立ちません。アマチュアによる創作活動は欧米ではめずらしくありませんが、「同人誌」という独自のメディアの区枠は希薄そのものです。商業誌と同人誌と言う区分は設けられず、出版事業の大きいか小さいかで差別化される傾向が非常に強いのです。

ファンジン文化というのが欧米でもありますが、これは同好の人間が交流と情報配信・作品発表しる手段であるという点では日本のマンガ同人誌と似ています。事実、1970年代初頭の段階では日米の間ではファンジン文化は非常に似通っていたといえるでしょう。しかし日本ではマンガ同人誌が驚異的な発展を遂げた一方、アメコミファンジンは評論系の比重が強いままで裾野が広がることはありませんでした。1970年代、アメコミ専門店の発展に土台となった配給システムが非常に規模の小さい商業出版事業の操業を可能とさせました。この為、日本では同人誌の世界に留まるような表現もコミック出版の世界に食い込む事が出来たのです。もちろん、これらのほとんどはオリジナル作品ですが、パロディも一定の範囲内ならば商業的な展開が可能です。

米国にファンジン文化は1980年代に入ると政治色の強い社会啓蒙的執筆やニッチな趣味の交流の場としての色合いが強くなり、娯楽性に富み多くの読者を楽しませられるような作品は益々商業コミック出版の世界へと押し出されて行きました。即ち日米で共有されていた「ファンジン文化」は米国では娯楽作品と主体とした弱小出版事業と政治色やサブカル色が顕著なZine文化へと変貌していったと言えなくも無いと思います。

以上、「ファンの発行物」として日米を比較しましたが、それでは「自費出版」という区分けで比較するとどうなるでしょう。欧米でも自費出版は珍しいものではありませんが、「出版の基準に照らし合わせて劣っている図書」であるとしてvanity press(「虚栄出版」――自己顕示欲から生み出された見栄の固まり)というレッテルが長い間定着しています。ネットと電子出版がもたらした「情報の配信の民主化」と弱小出版社の脆弱化から自費出版は見直されていますが、「良い原稿ならば出版社がいつかは拾い上げる」「出版社から受理されない本は劣っている」という偏見は今尚強いと言っても過言ではないでしょう。

またマンガ作品に限って言えば、ファンジンという形態では頒布するには日本の即売会のような頒布する機会は限定されており、結局の所は郵便による通信販売が大きな比重を占めます。こうなると多少背伸びしてもアメコミ専門店の配給システムに乗せることが非常に魅力的に見えてきます。

つまり日本のように「商業出版では出来なくとも同人出版ならば出来る」という発想自体がないのです。すべて規模か優劣の問題であり、「同人ならば許される」というような棲み分けがなく、同人出版そのものの魅力的が日本に比べると弱いといえるかも知れません。

絶対的価値観が顕著な欧米では不特定多数の他人の目に届くような活動については等しく法の下で判断されます。もちろんゲリラ活動的な執筆・出版行為は主にZine文化の範疇で行われていますが、これらは政治色が強い創作活動や社会的メッセージ性が強い著作物以外ではあまり見かけられません。

逆に日本では相対的価値観が強く、「アマチュアの範囲ならば追及しない」「ほどほどに弁えているならば相手にファンの関心が向うような機会を与えたくない」「同人ファン活動に留めている限りとやかく言わない」など通常の出版社が行えば問題になるような二次創作的著作物でも同人誌ならば黙認する傾向があります。もちろん法律ではこのような例外規定はありません。しかし多くの著作権や出版に廻る法律規定は親告罪であったり、解釈の猶予があるためにこのような差別化を内在した棲み分けを奨励する状況を生み出しています。

しかし日本では相対的価値観が強いと言っても娯楽コンテンツ全般に対して同じような許容的姿勢を示しているというわけではありません。「玩具模型の中における同人誌」とも言えるようなガレージキットは当初は趣味の範囲、私的領域から派生したにも関わらず現在では企業の承認なくして他人と共有する事が出来ません。音楽についてはかなり強大な権利団体が関連する知的財産権について例外なく追及する姿勢を示しているのは周知の事実ですし、警察も猥褻の追及については同人誌に対して当初黙認していたのも1991年を境に追求するようになりました。つまり現在の同人文化は必然ではなかったと考えられるのです。

私は日本語の同人誌を英訳する際に色々な表現を模索しました。しかし数年掛けて思案した結果、最終的には「doujinshi」(若しくはd?jinshi)がもっとも適当と感じ、この表現を率先して使ってきました。1995年頃の話です。このような結論に至って最大の理由は「同人誌は日本において独自に進化したメディアであり、その歴史や形態において他国の出版文化とは大きく異なるので置換は不可能」と思ったからです。

同好の人間が原稿を持ち寄せ、生み出された本を志を共有する人間と共有する行為は少なくとも明治まで戻りますが、マンガで同じような活動が活発になったのは60年代以降です。1950年から1960年まで石ノ森章太郎が執筆・編集した『墨汁一滴』がほぼ確実に日本初のマンガ同人誌ですが、この本は肉筆回覧版形式(原本が一冊しかなく、それを代わる代わる会員が読む)だった為に、現在の同人誌の形態がから大きく異なります。1960年代に入ると謄写版(ガリ版)[mimeograph]の普及とマンガ文化の発達を伴って、現在の同人誌文化へと大きく近寄ります。各学校のマンガの同好会などで(1)プロ以外の人間が(2)仲間達に提供するのを目的で原稿を執筆し(3)複製印刷物を用意し提供していました。現在の同人誌の定義とかなり近づいていますが、この当時制作された同人誌が提供さえる場所は学園祭・地元の本屋さん・学校のクラスメートへの提供と、地域的に限定されていました。

SF大会など、地方や日本全国から人間が集まる会合が70年代に入ると大幅に増え始めます。コミケットもこの流れの一つに数えられますが、この段階で大きな転換期が訪れます。それまでは同好の人間が趣味の対象を色々な形で祭りました――上映会の開催、ゲストの招待、様々な作品の展示即売会、古書の取引、商業誌先行販売、サイン本提供など盛り沢山でした。しかし1975年のコミケットの開催を境に「同人誌が催しの主役」という形式が根付き始めます。

つまり「(1)プロ以外の人間が(2)仲間達に提供するのを目的で原稿を執筆し(3)複製印刷物を用意する」の三点に「(4)展示即売会会場という領域において限定された不特定多数に対して
頒布」が追加されたのです。

またこの四点はこの時期に急激に変貌を開始します。そもそもコミケットが開催された理由の一つが「商業マンガの作品が画一的に成り始めた」「商業作家が実験的作品が描ける場を提供したい」というのがあります。つまりアマチュアだけのイベントというよりも商業作家も実験できる商業とは違う発表の場という理念が最初からコミケットでは提示されており、これは他の同人誌即売会にも影響を及ぼします。

マンガ・アニメが爆発的な人気を誇り、二者共に若者が自らの文化であると自負できる時代が到来します。マンガは自己表現の最先端の一つであり、マンガに関わる人間も急激に増大します。この為にコミケットのみならず、複数のマンガ同人誌イベントが複数開催され、参加者数は見る見るうちに増えます。商業界も細分化が始まり、多種多様な創作ジャンルが花開き、作家の数も爆発的に増えた1980年代。商業出版においてニッチな趣味性の強い書籍も大量に出回り始め、商業作家が同人誌活動を通して趣味や遊びに興じるというのが珍しくなくなります。同人誌の執筆者の多様性が大きく広がり始めたのです。

1980年代、もう一つ重要な変化が日本のマンガ同人誌の世界に訪れます。同人誌においてオフセット印刷が急激に増え、80年代中盤に於いては商業誌にまったく引けを取らないような同人誌の印刷が可能となったのです。

私のコミケットとの接点はTRCで最後に開催されたC33(1987年の冬)から始まりました。コミケットが大規模イベントとしての礎がかなり固まり始めた時期であり、小規模ながら同人誌の委託販売を受け持ってくれる書店も出現していました。

1980年代後半になると誌面に掲載された内容のみでは商業誌か同人誌かは判断しにくくなり始めます。言うまでも無く同人誌の方が平均値で言えば商業誌より劣っているも、商業作品よりも質の高い作品が急速に増え始めたのです。

商業誌の掲載作品でもパロディがあったり、かなり荒削りな作品があったり、お世辞にもうまいとはいえない作家の作品が沢山ありました。逆に同人誌でも商業誌掲載作品と見間違うようなオリジナル作品や、高度な編集技術の紙面作り、かなり大きな規模の団体による共同執筆活動も複数ありました。

それまで商業出版は「高品質であり大規模」、同人誌は「手作り感覚で小規模」という考え方が定着していましたが、規模でも一部の同人誌は商業誌の発行部数を上回るような数字が出始めます。1990年初頭ともなるとコミケットの参加者は延べ10万人を越え、参加サークル数も1万以上となります。通常ならばこの規模の大きさの出版物を取り扱ったイベントの主役は商業誌であり、欧米人の感覚からすると大規模商業出版社を中央に添え、その周辺にマイナー出版社と作家個人による手作り作品が並べられます。しかし日本のコミケットは原則として商業出版物を同人誌と同一の場所に並べるのを許さず、国内ほとんどの同人誌即売会でも二者を同じように扱うのを奨励していません。

商業出版ではやすやす入手できない創作物である同人誌。その同人誌が異様な魅力を発し、多くの執筆者や読者の心を掴む場所が同人誌即売会なのです。しかし同人誌は質でも規模でも人材でも内容でも商業レベルに食い込んでいたにも関わらず、同人誌と商業誌は融合せず、独自の棲み分けが維持されたのです。漠然とした差別化の暗黙の了解が維持されたと言えます。

1996年、これらの状況を踏まえて私は英語圏に向って次のような同人誌の定義を述べました。「同人誌とは商業出版物ではない、個人主体で展開される出版活動であり、配給は限定的」です。

なぜ日本ではこのような作品発表媒体が商業誌と共存できたかですが、色々な要因が働いたと言えるでしょう。私なりの分析を並べると以下の要因が大きな役割を果たしたと考えています。

●同人誌即売会は同人誌を主役とし、開催意義についてあまりぶれなかった。
●商業出版界のとって同人誌界の旺盛は脅威とならず、容認された。また特定市場を廻って同人誌と商業出版が競争するような状況が発生しなかった。
●作家は自らの活動の場を同人誌と商業誌の間で自由に行き交い出来た。
●商業出版が非常に規模が大きく、同人誌の世界に食い込む理由が無かった。
●同人誌は商業界に多くの人材を提供した。
●商業界は同人誌作品で成功した作品を取り込んで出版する事が出来た。
●印刷に於ける技術革新のお陰で同人誌印刷が容易になった。
●日本は国土が狭く、一箇所に多くの人間が集まるのが昔から容易だった為、同人誌展示即売会という社会全般から見るとニッチな趣味も、方々から集まる事で一大市場の構築が可能となった。
●マンガ作品は個人の創作物という考え方が維持された。
●日本のアニメ・マンガ市場が非常に大きく、世界一の多様性を生み出した。

もちろんこの他の要因もあるでしょうし、これらの要因を廻って議論の余地があると思います。しかしながら私なりの分析では1990年代末になると同人誌の定義は当初構築されたものから大きく変貌したといえると思います。マンガ同人誌即売会が活発となった1980年代初頭、先に述べた四点――「(1)プロ以外の人間が(2)仲間達に提供するのを目的で原稿を執筆し(3)複製印刷物を用意し(4)展示即売会会場という領域において限定された不特定多数に対して頒布する」――から大きく逸脱する同人活動は稀有でした。しかしこの四点は今振り返って初めて見出せる特徴であり、その当時はもっと混沌としたやり取りの中で漠然とした概念が支配していたのが散見できます。

マンガ同人誌とは別に同人誌という概念自体は一般社会の中で定着していました。趣味が昂じた仲間達が寄り添って作った詩集や近代の文豪が実験作を掲載した文芸誌やニッチなジャンルを主題としたミニコミ誌などを、マンガ同人誌に興味なくとも一般人が想像するのは容易です。マンガ同人誌も当初はこの延長線上にあり、「クラブ活動や個人の趣味の自費出版」の範疇と思われていました。

しかしやがて同人誌界が爆発的に発達史、独自のサブカルチャーを構築します。社会で広く認知されていた定義とは異なる定義が稼動し始めたのです。商業出版やマスコミの世界が公の世界であるならば、同人誌は私的な世界であり、参加者数は多くある程度まで共有された価値観を持ち、普段の生活から異なる催しにわざわざ参加することを通して独自のアイデンティティーが組み立てられていったのです。

とどのつまり「商業誌ではないモノが同人誌」という自己完結した定義が多くの方々の心中で稼動していたと推察できます。今も尚、この定義は有効なのです。

やがて同人誌界の住民は独自の世界を組み立てていったのです。興味深いのがこの独自の世界は普段の社会生活から隔絶した物だということです。繰り返しになりますが、クラブ活動や個人の趣味の範囲など、私的領域の自己表現手段である同人誌文化が花開く過程において大きな転換が始まります。創作行為をプロも行うようになり、その内容も商業誌顔負けの作品が増え、印刷の品質も商業誌を上回る例も珍しくなくなり、一部の商業誌よりも多くの部数を個人が販売する例が複数確認できるマンガ同人誌の世界。しかし尚、「商業誌ではないモノが同人誌」という暗黙の了解は有効なままでした。

この結果、1980年代末までには既に紹介した次の定義――「同人誌とは商業出版物ではない、個人主体で展開される出版活動であり、配給は限定的」――がより的確になります。わたしが1995年頃に活用した定義はこれです。

しかし2000年代後半になるとまた更なる転換が訪れます。それまでそれなりに容易だった商業と同人の差別化がより困難になり始めました。一言で言えば「商業の世界が同人の世界に近づいた」のです。

具体的には次のような事象が発生しました:
1)営利目的の大型企業がアマチュア制作者の創作物を主要コンテンツに添えた事業を展開を始めた。
2)一般書店が減ったのとマニア向けコンテンツの商業配給が狭まったの対して、同人委託ショップの商業販売が激増し、多くの書店にとって同人委託ショップ経由の商業販売が重要になった。同時にインターネット通信販売のインフラが整備されたことで商業と同人の間に存在した頒布販路の棲み分けがほとんど消滅した。
3)商業出版界が脆弱化し、販売部数も減少した。
4)同人誌から商業誌へ拾い上げられるのがそれまでオリジナル作品ばかりだったのに、更にパロディ作品の拾い上げが増えた。
5)商業創作活動だけでは生活を維持するのが困難になり、同人誌や電子出版など自費出版から得る収入がマンガ家にとってより重要な比重を占めるようなった。
6)同人文化を企業戦略に組み込んだコンテンツ展開が増えた。

今まで有効だった「商業誌ではないモノが同人誌」という概念が今、如実に挑戦されているのです。それでもなお、商業にとって同人活動は競争する物と脅威より商業展開を補助してくれる役割を果たす存在であると感じている企業が多いのが確認されています。その証拠として現在、多くのコンテンツ企業が自らのパロディ作品が数多く並ぶ同人誌即売会に企業出展しています。同人サークルブースと企業ブースでは棲み分けがされているとは言え、昔では考えられないような事態です。一部の企業は同人誌即売会の開催に対して協力を惜しまない例もあります。

こうなると「同人誌は私たちの私的な世界」という世界観が根底から脅かされている言えます。

もっともインターネットの台頭を伴い、それまで同人誌即売会に活動を限定していたサークルもその活動内容について情報を広く共有するようになりました。例え情報の拡散を臨まぬとしても、紙媒体に発表された事柄は何らかの形でネットでも共有される時代になっているのが現状です。一般社会、商業の世界、同人誌の世界、それぞれ異なる世界でそれまで成り立っていた棲み分けが非常に抽象化し、形骸化していていると言っても過言ではないでしょう。

それでも尚、ネット以前に構築された同人誌の概念は今でも大きな力を発揮しています。それでは「同人誌は私たちの私的な世界」というイメージは現在どのように構築されているのでしょう。

2013年の段階で特定出版物が「マンガ同人誌」であるかどうか検証するには次の四つの点が重要ではないでしょうか。

1)個人主体の自費出版であること。
2)意図的に作品の頒布に限定性を維持していること。
3)読者層が限定されているのを想定した作品作りであること。
4)創作行為を可能とした事業規模を意図的に限定している、若しくは差別化している。

この四点に付いて少々書き連ねます。まず(1)の「個人主体による自費出版」ですが商業出版でも自費出版で成功した例はあります。一番有名なのは『サザエさん』かもしれません。『サザエさん』を始め長谷川町子さんの著作物はご本人と姉妹によって構成された姉妹社によって出版され、商業販路を経由して読者に届けられたのです。自費出版だからといって同人誌とは限りません。

(2)の「意図的に作品の頒布に限定性の維持」ですがこれも同人誌の定義とはいえません。議論の余地はあるかもしれませんが、特定地域に根ざした頒布物や学校内に配給を限定した発行物は沢山ありますが、これらを「同人誌」とは呼び辛いでしょう。地域や学校に限定しているとは言えども、同好の仲間に限定している頒布になっているとは言えないからです。

(3)の「読者層が限定されているのを想定した作品作り」は、作者と読者が同好の趣味を構築している同人誌の最低条件だと言えます。しかしながら同好の人間同士のコミュニティー作りは商業の世界でも熱心に追求されてきました。ネットを経由した交流が容易ではなかった頃、ニッチな趣味を持つ人間同士の交流の場は同人誌やマイナー雑誌に限定されていました。元々雑誌そのものがコミュニティーであり、これは商業雑誌出版でも重要な位置を占めていました。特定の雑誌に投稿する人間は自らを差別化する表現を採用し、独自のアイデンティティーを組み立てるのです。

しかし「同好の人間同士のコミュニティー作り」ほどインターネットの台頭を持って変化したのも少ないでしょう。オンライン上のコミュニティー構築は大変容易で、事細かに細分化出来る上に、反応は即座です。コミュニティー交流ネットに移行したことによって様々な雑誌が廃刊へと追い込まれました。しかし同人誌の世界はこの変化に適応しただけに留まらず、逆にオンラインコミュニティーが同人誌即売会を生み出した例があるくらいです。

つまり同好の人間とオンラインで交流するだけに飽きたらず、印刷された発行物を用意しそれらを持ち寄せ合い、直接触れ合うのに大きな魅力が見出されているのです。これは同人誌即売会が保持する独特の魔法であると言えます。

少し議論は逸れましたが、細分化されたコミュニティーの構築は同人誌の独壇場ではないことはご理解頂けたと思います。同人誌そのもの、その本自体に魅力が認められているという点は同人誌から切っても切り離せない点であり、次の点に密接に繋がります。

最後の点――(4)創作行為を可能とした事業規模を意図的に限定している、若しくは差別化している――は送り手の理念がもっとも強く反映される場所です。要約すると「作者の権限がもっとも発揮できるのが同人誌」なのです。商業活動では決して採算が合わない出版計画を意図的に繰り返すサークルや通常の営利目的事業でならば追求されるべき展開を避ける作家が同人誌界では数多く居ます。

日本ではマンガ同人誌活動がそのまま商業活動に移った例が珍しくありませんが、同時に移行可能にも関わらず商業活動規模に移行しないことを選択しているサークルも多いです。その発行部数や人気の根強さから商業出版界から注目されるようなオリジナル創作活動を行っているサークルは決して少なくありません。また逆に普段は商業活動を行っている作家がわざわざ商業と同人活動を差別化している例も非常に多いです。

理由は色々ありますが、これを可能としてるのが同人誌の最大にして今尚も非常に大きな特徴である「作り手が企画・制作・編集・複製・営業・頒布の全ての過程を制御出来る」という点に尽きると思います。商業の世界と同人の世界が非常に緊密になった現在においてもこの特徴は同人誌において顕著です。

以前、アメリカ人学生に「ほとんどの日本のマンガ同人誌は赤字に終わるのであれば、なぜ製造コストがゼロに出来るネットで行わないのか」と尋ねられたことがありました。わたしは答えは上記です。確かにネットでの公開は印刷費のリスクを避けられますが、頒布の範囲を限定させる事は非常に困難です。同人誌ならば発行部数を管理できますが、無限に劣化ゼロのコピーが作れるコンピューターの世界ではこれは大変困難を極めます。またネット経由した頒布は特定のファイルフォーマットに依存します。「ヒノキの箱に収めた和紙に印刷された巻物状の同人誌」をネットを通して頒布できません。読者を女性だけに限るというのもネットではほぼ不可能です。

つまり作り手側が読者に送り届ける本の体裁や読者との連帯感について拘れば拘るほど同人誌という形態が魅力的に映るということです。この「作家が全ての過程をコントロールできる」というのが現代における同人誌の最大の特徴かも知れません。

勿論、ネットに無断転載されたり、情報の拡散が顕著な現代、この制御できる範囲は大幅に狭まりました。しかしながら現代において私的領域に留められ、尚且つ同好の仲間と交流でき、自らの作品を送り出すもっとも利便性の高い手段が印刷された同人誌であるが故に強い魅力を感じている人は数多くいるのではないかと私は考えます。もちろん中には意識的にそのような選択を行っていない方々も沢山いると思います。

周りが同人誌をやっているから自分もやってみた。意中の作家が同人誌活動を行っているから模倣した。特定作品を祭る作品が同人誌でとても多かったから自分も飛び込みたくなった。商業作家は志さないがマンガが好きなので商業出版の真似事だけでも試してみたかった。自分の趣味を追及できる場所としては適当で、同好の人間と接しやすいから続けている。作家として自らの力量を試せる気軽な媒体だから始めた。特別な居場所だと感じたから辞められない。などなど……

作り手の数だけ様々な同人誌活動を行う動機があるのでしょう。しかしこのような漠然とした印象の下で成り立っている同人誌活動も結果としては「私的領域」を形成していると言える思います。実際に同人誌文化の渦中にいると「私的領域」という常識は半意識的に共有されている側面が非常に強いです。しかしながらこの特徴が意図的に重視されたのではなく、同人誌即売会の体裁や商業誌との差別化の過程の中で醸成された可能性も否定できません。

日本では社会生活などにおいて様々な「棲み分け」が顕著ですが、これは英語ではcompartmentalization、即ち「隔離・切り替え・モジュール化を可能とする仕組み」と形容しています。棲み分けが社会的に浸透している日本において「私的領域」と「同人誌」が強いつながりが構築するのは必然と考えがちですが、。必ずしもそうとはいえません。冒頭での指摘しましたが、例えばガレージキット業界も出自は個人の領域で長い間「私的領域」に収まっていましたが、主に外的な理由からより公的な領域へと変貌しました。同人誌界もガレージキット業界と同じ道を歩む可能性がなかっとはいえませんし、これからの根底から変質する可能性があります。

重要なのは同人誌界の現状が成るべきして成ったと考えるのではなく、如何にして現状が構築されてきたかを見詰めなおし、それをどのように守るのかを考えることではないでしょうか。それが同人誌の定義を再考するわたしの中で生まれた結論です。

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4 Responses to 2013年――同人誌の再定義

  1. さいら なおき says:

    著者と読者が即売会で直接交感(あるいは交歓というべきでしょうか)できるところが、一番「同人活動が同人活動たる所以」だと思っていたのですが、こんな風に同人活動を「作品流通の観点だけ」からしか捉えられない人もいるんですね……。
    本稿は大変な労作だとは思いますが、個人的には、この文章を英訳して広めて欲しくはありません。誤解とは言わないまでも、大事な部分が抜け落ちたままでは、同人業界に良い影響があるとは思えませんから。

  2. K K says:

    “アメコミ専門店の発展に土台となった配給システムが非常に規模の小さい商業出版事業の操業を可能とさせました”
    は、以下が正しいのではないでしょうか。
    “アメコミ専門店の発展「の」土台となった配給システムが非常に規模の小さい商業出版事業の操業を可能とさせました”

  3. そうじゃないんだ。日本の同人誌の隆盛は最初から示されてたんです。それはパロディとお祭りです。この件で米沢さんと語り合ったことがあります。純粋創作は当時もいまもさほど盛んではありません。Pixivが隆盛と言ったってたかが知れている。同人誌が生き残るために必要なことは、著作権法の適用を厳格にしないことと場を維持すること、この2つに尽きるんです。

  4. 物語(作品)があり、それをきっかけに同好の士とゆるやかな交流が始まる「場所」=doujin 

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