アメリカでのマンガとアニメの存在感

新聞の影響力が減退しているのは紛れもない事実ですが、アメリカの大都市の新聞の影響力は一部ではまだまだ非常にに大きいです。ワシントン・ポスト、シカゴ・トリビューン、サンフランシスコ・クロニクル、ロサンゼルス・タイムズとアメリカにはいくつもの大都市新聞がありますが、その中でもっとも存在感が大きいのがニューヨーク・タイムズです。

今なお、平日に100万部以上売れ、日曜版はその1.5倍の160万部以上売れるニューヨーク・タイムズはニュースや論評に加えて、特集がとても豊かであることから評価が高いです。この特集を購買するのが目的で日曜版んしか買わない人が多いくらいです。さてこの継続的に掲載されている特集の一つがブックレビュー(書評)でして、その知名度と格式の高さから全米で抜き出る存在となっています。「ニューヨーク・タイムズのベストセラー・リストに載ったよ!」と言えれば作家としては一つの金字塔を達成できたと思う人が少なくありません。

さて日本ではあまり知られていませんが、実は2009年から英訳された日本のマンガのベストセラー・リストが掲載されています。アメリカは娯楽においてはかなり排外的で、外国産のメディアが注目されることがあってもそれは流行の流れ次第で一時的に終わることが珍しくありません。そんなアメリカで日本のマンガがニューヨークタイムズで継続的に注目され、その人気のバロメーターが掲載されていたことにはわたしはかなり驚いていました。

しかしコミック弁護基金のニュースサイトによれば今年で日本マンガと米国コミック単行本のベストセラー・リストの掲載は打ち切られるそうです。

コミック弁護基金はアメリカで販売されているコミック形式の作品であれば国産であろうと外国産であると追求や規制から守る姿勢を打ち出しているのは大変殊勝だと思います。コミック弁護基金は日本のマンガ、アメコミの素晴らしい作品を啓蒙する大きな放送塔が失われるのを残念に感じていますが、同時にニューヨーク・タイムズの書評で認められてるという法廷でマンガやアメコミ作品を弁護する際に活用できる論点が失われると憂慮しています。

今回、ニューヨーク・タイムズ書評からマンガとアメコミのベストセラー・リストの掲載が打ち切られることは両者の存在感の減退を示すものではないと私は信じたいです。アメコミの市場も日本マンガの北米市場も今なお成長し続けています。2014年に日本マンガの北米市場は8%成長し7000万ドル(大よそ78億円)となり、2015年にはさらに13%成長し、8500万ドル(大よそ95億円)と推測されています。

これは北米の総合的なコミック市場が2015年に10億ドル(大よそ1118億円)到達したとされていますが、日本マンガはこの1/10弱の大きさであるというのは驚異的な数字だと思います。[:北米の日本マンガ市場が絶頂期を迎えた2007年は2億ドル市場に達した時期がありました。まさにバブル状態で2008年にバブルがはじけ、2012年に6500万ドルまで下がり、それ以降再び成長し続けています。]

業界紙ICv2もコミック弁護基金と同じように今回のニューヨーク・タイムズのマンガとアメコミのベストセラー・リストの掲載の打ち切りを嘆いていますが、ご覧頂けた通りマンガとアメコミの市場が冷え込んだ結果ではなさそうです。

ここ数年、何度も海外のアニメ・マンガファンを中心としたイベントに参加してますが、相変わらず日本のアニメ・マンガキャラの侵食はすさまじいように思えます。中国、台湾、タイ、シンガポール、マレーシア、インドネシアをはじめとした多くの国々で日本作品の二次創作作品が取引されるイベントが複数開催され、日本の作家に引けをとらない素晴らしい才能が開花し続けています。フィリピンと韓国については同人誌が取引されているファンイベントの話はあまり聞きませんが、突出した技術と感性を備えた作家やイラストレーターが世界を舞台に活躍しています。

北米でも「アニメ的絵柄」の浸透はかなりの進んでいます。普通のデパートやスーパーでも日本の美少女マンガ画風やBL系の絵柄を見かけるようになりました。北米のどの日本アニメ・マンガファン中心イベントに行っても現地の方々が生み出した日本の作風の作品が沢山見れます。しかも本来はアメコミの中心イベント、コミック・コンベンションでも若い作家の間では日本の作風が過去の作風よりも大きな存在感を占めている印象が強いです。普段の生活でも日本のアニメ・マンガの絵柄はYouTubeのアバターで見かけたり、米国社説マンガでも活用されたり、学際でメイドカフェが登場したり、改造車PR用のTシャツに美少女キャラがお邪魔していたりします。現地のクリエーターが作るオリジナルアニメでも日本の絵柄は大きな影響力を発揮し、あまり喜ばしくないことですがオンライン掲示板には大量の画像が無断転載されています。終いには俳優ロビン・ウィリアムズが自ら出演する映画の画面の片隅にエヴァのフィギュアをわざわざ配置したそうです。

ところが興味深いのは日本の作風や絵柄に強く影響されていても日本自体に対して関心が薄かったり、日本の作品に興味がなかったり、日本の感性に敵意を示す例もあります。私はこれは悪いことばかりとは思いません。日本でも作風とメッセージ性は十人十色であり、色々なリミックスが行われています。日本のアニメ・マンガ独自の演出技法や記号が新たな文化で新たな意味を得ることができるほどの次元に成熟している表れだと思っています。

飽くまでわたしの主観ですが、日本のアニメ・マンガ界は世界でもっとも競技人口が多く、競争も激しく、多様性と豊かさでは抜き出ていると思っています。それゆえ、記号としても作風としても演出でも突出している要素が多く、一旦のその基礎知識と論理を理解できれば創作においては非常に使い勝手の良い武器となるのでしょう。物語を提供する手法の一つの標準として日本のマンガ・アニメの絵柄と同じように世界中に浸透した古典的ハリウッド映画演出論と同じような完成度があるのかもしれません。

ベネディクト・アンダーソンやディック・ヘップディッジの影響ですが、わたしは文化・思想はモジュール化されて、国境を越え、生み出された当初はまったく予想されていない別の形で活用され、それ自体独自のアイデンティティを獲得し、変化・成長することがあると思っています。この流れを最も端的に説明できる例は「カレー」でしょう。そもそもインドで生まれた料理ですが、インドで大多数を占めるヒンズー教では牛は聖なる存在とされているので殺したり食べたりするこはタブーですが、日本では「ビーフカレー」というものすごい矛盾した料理があります。ところがビーフカレーがものすごい物議を醸すような料理と言う印象はあまりありません。少なくとも日本では。

今後もアメリカをはじめとした諸外国で日本のアニメ・マンガの文化がどのように変化・発展していくのかを見守りたいと思います。

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