Kindle Worldsの限界

商業作品の「二次創作物」を発行・販売プラットフォームとして話題に上ったKindle Worlds。アマゾン社が大手メディア会社と契約し、既存の作品のキャラクターや世界観を活用した新たな作品を第三者が執筆し、電子書籍として販売するビジネスモデルです。アマチュア・プロを問わず誰でもアマゾンを経由して「同人誌っぽい」作品をアマゾンに納品。これら作品は電子書籍としてKindleを通して一般の読者に広く提供され、その売上は原作者(権利元)・アマゾン・作者の間で配分にされる。

夢物語ようなシステムですが、果たしてどうでしょう。

まずここで気をつけないといけないのはこのサービスを国内で紹介した多くの方々が「二次創作」や「同人誌」という単語を活用していることです。

両方とも、日本固有の表現であり、法律で認められた概念でもありませんし、アマゾンの発表会でもそのような表現は一切使われていません。

発表会では”enable any writer to create fan fiction based on a range of original stories and characters”という表現を使っています。

私ならば「取り揃えられた独自の物語やキャラクターをもとにしたファン・フィクションを誰でも執筆できる」と翻訳します。

まずここでいう「作者」はwriterであり、絵描きartistではありません。今後これは変わるかも知れませんが、マンガは受け付けていないように思えます。

第二に「ファン・フィクション」ですが、これはインターネットの発達によって急激に花開いた創作行為であり、端的に説明すると「既存の物語やキャラクターを活用した物語作り」です。元々はSF大会などのイベントでのファン同士のやり取りを発端として始まった「妄想の共有」とも言えるサブカルチャーで、意中のキャラクターを様々なシチュエーションを舞台にどうなるかを想定し創作する行為です。初期はタイプライターなどで打ち込んだものをコピー機などで複製したものを頒布するという具合でしたが、草の根ネットから電子テキストとして共有するのが始まりインターネットが発達すると大掛かりなサイトでの頒布が定着しました。ファン・フィクションのポータルサイトは全米でもっとも活用されているサイトのトップ1000に入っているそうです。

このように今のファン・フィクションの世界は日本のマンガ同人誌文化において大きな位置をしている「本作り」や「即売会イベント参加」はあまり重要視されていません。対価を求めるのは邪道とされているくらい「純粋な趣味的創作の世界」であるとする見解もあります。ほとんどがアマチュアですが、プロになった有名作家も排出しています。

ファン・フィクションは同人誌インフラが構築される以前の日本マンガ同人誌文化に近いといえるかもしれません。

もう一つ重要な点がKindle Worldsにおいてこれらのファン・フィクションは二次著作物(derivative works)として扱われます。

Derivative worksは確固とした法的概念ですが、国によっては定義が異なります。米国では「他者の特定の作品・または複数の作品の要素によって構築された作品」とされています。日本では「二次著作物」と翻訳されます。

「二次著作物」と「二次創作物」は別の概念です。

二次創作物は日本でよく活用される表現ですが、法律用語ではありません。よく他者の作品の要素を組み込まれた作品という意味合いで使われますが、原作への依存度については明確な基準はありません。

洋画『ターミネーター』を長谷川町子さんの『サザエさん』の絵柄で再現したり、野上武志さんが以前行った「兼光ダニエル真」を女体化したキャラクター作りも「二次創作」の部類に入りますが、「二次著作物」とは言いがたいです。

但し、上記した例において公式に原作者が翻案された作品を「二次著作物」であるとして承認し、権利を主張した場合は二次著作物のキャラクターを含む一次著作物になります(例:『エイリアンvプレデター』)。

このように「二次著作物」と「二次創作物」は若干重複するところがありますが、別個の概念です。

例えばサザエさんを萌え化したイラストは二次創作物ですが、サザエさんのフィギュアを作ると二次著作物です。両者ともに一定の著作権としての保護対象と思われますが、もし湯飲みにプリントされたイラストが既存の素材を転用しただけだった場合、「作品」と認められません。(但し、それを無断複製・販売する事は『サザエさん』の商標権侵害になります。)

何かが「二次著作物」であるか否かについて一つの目安としては日本では該当する作品には著作者人格権の中で規定されている「同一性保持権」が与えられます。フィギュアを作って納品した後、数年経ってから原型をアレンジして出しなおす場合、日本ではそのフィギュアの制作者(翻案者)の許可が必要だということになっているそうです(詳しくは生島裁判事件で検索してみてください)。

このように二次創作といえども色々な可能性を秘めた創作行為であり、商業的にも認められた二次創作物においても一定の権利が付与されます。しかしこれらの権利の一部は契約によっては大幅に制限される可能性があるのです。

こう言った点を踏まえてKindle Worldsの契約内容を見てみましょう。一見「ファン・フィクション万歳」という姿勢で売り込まれていますが、実際には投稿者は商業出版の利権が優先された枠組みにガチガチなまでに固められ、通常では考えられないような制約が課せられます。

投稿者との契約の詳細を紹介したアマゾンのページがこちらです。

下線は私が足しました。

著作権が有効である限り、投稿者の作品に関わる権利をアマゾンが全て取得します。海外出版権もこれに含まれます。

●Kindle Worldsとは新たな作品が投降される度に様々なWorldが大きくなる創造的コミュニティーです。[投稿者である]あなたは保護対象となる新たに創出された要素(キャラクター、場面、出来事)の著作権を有しますが、World権利委任者[原作者]はWorld[原作]固有の要素に対する権利をそのまま保持します。あなたは作品を投降した際、同作品の物語と物語に登場する新たに創出された要素についてアマゾンに排他的独占ライセンス権利を与えることになります。この為、あなたの物語とそれに付随する新たな要素は所定のWorldに留まることになります。我々[アマゾン]は他のKindle Worlds作家が他者のアイディアや要素を活用して新たな物語作りを容認します。我々[アマゾン]はWorld権利委任者[原作者]があなたの新たに創出した要素を活用し異なる作品を作る事を許可し、その際[作者である]あなたに新たな支払いは行われません。

以下、禁止事項です。

●ポルノグラフィや嫌悪感を与える露骨な性行為の描写の禁止。

●人種差別的侮蔑語の活用・過剰に際どい表現ないし暴力的な描写・下品な言い回しの過度な活用など、これらに留まらない他者が不快と受け止められる内容の禁止

●違法コンテンツや他者の権利を侵害するコンテンツの禁止。法と財産権の侵害には厳しい姿勢で望みます。自らのコンテンツが法律や著作権・商標権・プライバシー権・パブリシティ権などの権利にに抵触しないようにするのは作者の責任です。

●読者にとって不満を感じるような作品の禁止。レイアウトが読みにくい、タイトル・表紙の絵・作品紹介文章などが誤解を招くようになっている場合などを含みます。コンテンツが読者にとって不満を感じるような作品か否かは我々が判断する権利を有します。

●製品ブランドの過剰な掲載の禁止。[既存の]ブランドの過剰な活用、または報酬と伴う広告・プロモーションが作中に挿入されているのは禁止されています。

クロスオーバー[異なる作品の要素を交差させた物語]の禁止。複数のWorldsの交差は禁止です。即ち所定のWorld以外の著作権で保護された書籍・映画・またその他の知的財産をあなたの作品に含むことを禁止します。

いかがでしょう。作者の権利放棄の度合いも凄い、制約もかなり厳しいです。この点については英語圏ではかなり言及されており、プロ意識のつよい作家にとっては非常に厳しいと分析されています。

またこれだけ厳しい規定があるにも関わらず、内容については編集作業が行われる条項が一切無い事から、電子データで入稿された物がほぼそのまま掲載されることが推察できます。即ち、「熱狂的な原作ファンしか承認できないような束縛」+「ほぼ全権利を放棄」+「素人同然の内容の可能性」というトリプルコンボについては疑問視する声が散見できました。

一旦アマゾンに投降してしまうと未来永劫アマゾンがその作品を管理する事になり、二度と異なった形式で発表する事は許されず、また投降した作中の独自のキャラや展開が大ヒットして意中の原作に組み込まれてもその成功による恩恵は一切享受できないシステム。

これはかなり厳しい内容と言わざるを得ません。

最後に一つだけ。私は法曹界の人間ではないので、上記した法律の解釈について保証は出来ません。色々考える材料になればうれしいです。

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