Category Archives: censorship

2013 Draws to a Close

Well the year is almost over, and I certainly won’t miss it. 2013 was a tough year. I only hope 2014 will be a little easier on the nerves. To say I have been busy would be a slight understatement. … Continue reading

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Censoring Heritage

In my last entry, I discussed how elements within the Japanese police force are effectively bullying parts of the adult entertainment industry by leaving the line that separates what is legal and illegal very vague and prone to whims of … Continue reading

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Orwellian Obscenity

‘Who controls the past,’ ran the Party slogan, ‘controls the future: who controls the present controls the past.’ -George Orwell, 1984 On April 19th, the offices of Core Magazine were raided by the Tokyo Metropolitan Police. The news regarding the … Continue reading

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Authority’s Authority

The last few entries of this blog has concerned itself with recent moves to increase censorship in Japan. Some examples of these include increased enforcement of obscenity laws (possibly as a consequence of Tokyo’s bid to hold the Olympics in … Continue reading

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Fear and Loathing in the Bold New Olympic Era

Unless you have been living under a rock, or simply don’t care about sports in general, you probably heard about Tokyo winning its bid for the 2020 summer Olympics. This will mean a lot of building and renovating will be … Continue reading

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The Good, The Bad, and The Ugly Truth

I recently contributed an opinion piece for the Comic Book Legal Defense Fund’s website regarding how access to Barefoot Gen, one of the most important manga ever written about the atomic bombing on Hiroshima and the Pacific War, was restricted … Continue reading

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We’ve always been at war with genitalia

今回のコアマガジンの逮捕劇については摘発の時点から色々情報を集めていました。複数からの情報筋から当局がこれまで黙認してきた「性器への部分修正」から「性器の完全修正」を要求し出したという知らせが入っています。 コアマガジン社のニャン2倶楽部については無修正に近かったのでまだ摘発はまだ納得できますが、コミックメガストアへの強制捜査はメガストア側に非があるというより、警察側がこれまで当局と業界の間で定着していた慣例を一方的に書き換えたから成り立つ極めて恣意的な刑法175条の運用としか言えません。 ここ10年近く、猥褻物頒布については18禁図書の場合は「カリ、クリ、接合部」の三点の修正が常識になっていました。「カリ」とは男性器の亀頭の淵で、「クリ」とは女性器の陰核であるクリトリス略してた呼称です。「接合部」とは性行為の接合部分、つまり女性器や肛門に挿入された男性器の接触している部分を指します。 コンビニに販売される非18禁ながらも成人向けの「テープ止め青年マンガ雑誌」に至っては性器を全て塗りつぶすのが常識でした。 しかし今回のコミックメガストアの摘発を持って両者の違いが崩壊しています。10年近くに渡って定着していた基準を後だしジャンケンで覆すこの状況を見て、私はとある小説のやり取りを思い出しました。詳細は分かりませんが、以下のような取調べを想像できます。 警察「我々はいつも性器の完全塗りつぶしを要求していた」 業界「18禁図書はカリとクリと接合部の修正で充分だったはず」 警察「そんなことは一言も公言してませんよ。性器は猥褻です」 業界「ならここ十年以上警察が実践してきた慣例は?」 警察「そんな慣例ありませんよ」 業界「ならばここ十年以上、カリとクリと接合部の修正以上を要求しない追及はなんだったのですか?」 警察「追及していなかったわけではありません。そちらが認知していなかっただけに過ぎません」 このやりとり、何を連想しますか?私は以下の文言を連想してしまうのです。 当局「我々はいつもオセアニアと戦争していた」(オーウェル『1984』より) 当局の主催する「憎悪週間」の途中で本国の交戦相手がイースタシアからオセアニアに突然変更されたことについて主人公が疑問を感じた時のやり取りです。 人間の身体の一部を辱める存在として貶めるような思想には大変な不満がありますが、今回の本質は違うところにあります。違法の基準を当局が突然勝手に変更できるというのが非常に怖いのです。 日本では刑法175条は猥褻の基準の線引きとされています。175条に引っ掛かればそれは猥褻であり恥すべき物であり違法であり関わった人間は犯罪者です。175条に引っ掛からないのであればそれは猥褻ではなく存在が容認される。この基準を当局がだれをどのタイミングで立件するか否かで全て掛かっています。なぜなら合法か否かのグレーのところで裁判所によって「これは合法」という判断が下るのを当局は大変嫌います。 本来ならば違法性の基準を市民にとってわかり易くした方が明らかに好ましいです。あらかじめ違法な領域に入らないように気をつけることが出来ますし、また違法行為を通報しやすいです。しかし刑法175条に至ってはまったく不可能です。 「わいせつな文書、図画、電磁的記録に係る記録媒体その他の物を頒布し、又は公然と陳列した者は、2年以下の懲役又は250万円以下の罰金若しくは科料に処し、又は懲役及び罰金を併科する。電気通信の送信によりわいせつな電磁的記録その他の記録を頒布した者も、同様とする(第1項)。有償で頒布する目的で、前項の物を所持し、又は同項の電磁的記録を保管した者も、同項と同様とする(第2項)。 ここには猥褻の定義は全くかかれていません。現在運用されている猥褻の基準は1951年のサンデー娯楽事件に最高裁が発表されたものから全く変わっていません。 「徒らに性欲を興奮又は刺激せしめ且つ普通人の正常な性的羞恥心を害し善良な性的道義観念に反する」 「いたずらに」とはなんですか?「正常な性的羞恥心を害す」とは?「善良な性的道徳観念」とはなんでしょう? 少なくとも「普通人」にとって性的表現物の性器に黒ベタを乗せる事で減退する物とはとても言えません。 しかし実際警察はこうした基準を用いています。そしてその基準を警察は自由に変更する事ができるのです。 つまりやろうと思えばちょっとでもHな表現あらなんでもしょっ引けるというチート法規です。 もし当局が緩やかに解禁の方向性に向っているのだとしたらばこの法令も容認しやすいです。即ち、いきなり全部無修正にするのは問題だから徐々に解禁していくのに運用し、飛び出した表現を抑える。私はこのような運用方針は承服しにくいですが、業界側としてはまだ納得しやすいです。 しかし今回のコミックメガストア摘発にはこのような意図があったとは到底思えません。 まずコミックメガストアの修正は18禁図書物としては非常に無難です。カリとクリと接合部の修正に留まらず、複数線を活用していました。また性風俗が大きく乱れた、コミックメガストアが世間を騒がせた、コミックメガストアを読んで事件を起こした人間が居るなど良く活用される言い訳も一切表沙汰にされていません。 更にマンガ雑誌と実写雑誌を両方とも一緒に追及したのは明らかに「175条で何でもひっぱれるよ」というのを世に喧伝する意図が見え見えです。二つの雑誌を同時に摘発するのはあまり例がなく、もう一つの可能性を示唆します。業界の修正基準からやや逸脱しているニャン2倶楽部と業界の基準を遵守しているコミックメガストアを一緒に追及したのはわざと基準について誤魔化す為だったかもしれません。 ユーザーがクリック一つで無修正が気軽に入手できる現在、日本にどれだけ175条が厳しく運用しても、まったく運用していなくても市民の道徳感に影響はほとんどないでしょう。少なくとも直接的には。しかし出版業界に対してはその存在が当局のお情けで成り立っているというのを思い出させ、揺さぶりをかけることができます。時代を逆行するような刑法175条の運用は明らかに業界を狙い撃ちしているとか言いようがありません。 しかしこれはクリエーターと出版界だけの問題ではないのです。もし今回のコミックメガストアに対する当局の恣意的な刑法175条の運用を許せば、間接的に市民にとって大きな影響が及びます。即ち、刑法175条を経由して警察はいつまでも市民の性に関する倫理観の番人としての指図をできる状態が残るのです。 納税者・有権者は子供ではありません。そんな指図をする為に税金が無駄使いされるのはまっぴらごめんです。ツィッターで何度も申し上げて来ましたが刑法175条は百害あって一利なしです。今回の摘発でそれがはっきりしました。 「我々はいつも性器の完全塗りつぶしを要求していた」 「我々はいつも反社会的・異常性の強い性愛行為の排除を要求していた」 「我々はいつも未成年者の性描写の排除を要求していた」 「我々はいつも性的搾取や犯罪行為を交えた性描写の排除を要求していた」 「我々はいつも非現実的な身体描写の自粛を要求していた」 「我々はいつも健全な生殖行為に値しない性描写の抑制を要求していた」 「我々はいつも……」

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