赤十字の疑心暗鬼

昨日、ツイッターで赤十字国際委員会がビデオゲームの中で描写されている「バーチャル国際人道法違反行為」などについて第31回赤十字・赤新月国際会議で議論が行われたのを紹介した。

これがその言及:
http://www.icrc.org/eng/resources/documents/red-cross-crescent-movement/31st-international-conference/31-international-conference-daily-bulletin-2011-12-01.htm

『Video games and IHL: how should the Movement take action?』(ビデオゲームと国際人道法:国際赤十字・赤新月運動は行動を起こすべきか?)と題されている。

「国際赤十字・赤新月運動が意欲的に世界中で国際人道法を促進している一方で、バーチャルで国際人道法違反をしているかもしれない約6億人に上るゲーマーが存在します。ビデオゲームが個人に対して具体的にどのような影響を与えるかについて加熱した議論が交わされていますが、この度初めて国際赤十字・赤新月運動を構成する団体の間でビデオゲームの中で行われている国際人道法違反行為を廻って私達の役割と対処する責任について議論しました。主要議事進行とは別の場において会議の参加者に対して「我々は何をすべきか、そしてもっとも効率的な手段とはなにか」と問いました。様々な国の団体から経験談や意見を提供して頂きましたが、単純な答えが無いのは明白です。それでも尚、行動を取るべきであるという合意とモチベーションを全体的に共有していました。詳細についてはOXOXOかOXOXOまでご連絡下さい。」
(小生による全文翻訳。尚、OXOXOの部分は国際赤十字運動関係者のEmailアドレスでリンク先のサイトで確認できる。迷惑なEmailとかは自重するように。)

実は日本の団体も参加していて、ツイッターでもこのイベントを紹介している:
@icrc_tok  赤十字国際委員会(ICRC)駐日事務所
2011.11.15 14:47
遊び感覚で敵を殺したり爆撃してポイントを稼ぐテレビゲーム→http://bit.ly/vgXUcY。バーチャルな世界で体験する戦闘にも、やはり戦時の”ルール”や”規制”は必要です。11月28日からの赤十字国際会議では「テレビゲームと人道法」に焦点を当てたイベントも開催します。 via Keitai Web
http://twitter.com/#!/icrc_tok/status/136319361404256256

リンク先のビデオを見てもらえると大体の主旨はわかる。スポーツゲームで得点を稼ぐ感覚でFPSゲームの中で兵器を活用して殺人や傷害することで得点を稼ぐことについてルイ・アームストロングの「イッツ・ア・ワンダフォー・ワールド」をBGMに皮肉っているのである。

個人的にはこの皮肉はやや的外れであまりにも物事を単純化していると思うが、こう言った皮肉を論じるのは支援する。全く問題無い。問題は上記した赤十字国際委員会(ICRC)駐日事務所の方が発言してるような「規制の必要性」だ。

私の翻訳した第31回赤十字・赤新月国際会議のプログラム紹介では規制については触れていないが、この議論について逸早く注目したゲーム系ニュースポータルサイトのKotakuが素晴らしい分析をしている。簡単に要約すると以前からFPSゲームの中で無制限に「戦争犯罪行為」を行えるのを批判している人権団体がおり、これが今回の国際会議で問題定義する場所にしているというのだ。さらにKotakuは例え赤十字国際委員会の意見や決断に法律的拘束力が無いにしろ、何度もノーベル賞を受賞しており、世界でも稀に見る権威ある団体の主張は強大な影響力を持つであろうと危惧しているのだ。

Kotakuでも触れているが、以前からFPSゲームにおける「戦争犯罪行為」を批難している団体するスイスの人権団体が様々なFPSゲームの暴力描写について検証報告書を発表している。私はBBCの報告でこの事案を大分前に確認している。スイスの二つ人権団体、TRIALとPro Juventuteが20点ほどFPSゲームを現実の戦時法規などの法律に照らし合わせて検証した結果、「大よそルールはまったく、どのような行動に対しても懲罰されないに等しいのに非常に驚いた」としている。そもそもフィクションの世界にリアルの法基準を持ち込む事自体不毛なのは言うまでも無いが、この団体はゲームを検証対象と選んだ理由は「インターアクティブ」なメディアだからだと説明している。報告書では「[インターアクティブである]為、バーチャルと現実の体験の境界線は不明瞭となり、ゲームは現実の戦争場面の行動の実験場となる」と進言している。

これは物凄い論理の飛躍だ。視聴者がゲームで発生する出来事を様々な行動を取る事で左右させられる=>現実社会でも人間は自らの行動を制御することで様々な出来事を誘発させられる=>故に現実とゲームの境界線は不明瞭だ、と言う主張なのだろうか。頭が痛くなる。

私が「ギャラガで人質になった友軍機を撃ち落すのも戦争犯罪か」と皮肉ったのはこの所為だ。ユーザーが起きる事象を制御できるメディアにおいて好ましくない行動を取った場合、それは現実の社会と同じような制裁を受けるべきという論理にしか聞こえない。

より具体的にはTRIALとPro Juventuteはテロとの戦争が継続している現在においてテロ撲滅行動が国際法から逸脱した形で戦われるのを容認するような描写は現実社会に対して大変忌々しき問題であるとしているのだ。報告書の作成者はゲームの内容の暴力性が減らすのではなく、その行動自体が違法である事を啓蒙し欲しいとBBCでは紹介されているが、Kotakuによれば「この成長中の産業に対して法律や規制を設けるように政府に働きかける」のも一案としていると報告している。

私もこのような要望が簡単に通るとは思っていない。しかしゲームや表現の自由などを廻る法律について詳しくない人間が無茶な要望を打診したのはこれが初めてでもないし、これからも起きるだろう。『レイプレイ』が強姦を誘発させるとして女性権利推進の人権団体のEquality Nowが性犯罪描写をゲームから排除すべきだという要望を声高に叫んだのを読者の記憶に新しいだろう。

そもそも赤十字は表現の自由についてはあまり寛容な姿勢をとっていない。例えば2006年に赤十字のカナダ支部はFPSゲームの中に於ける戦争犯罪行為ではなく、赤十字を用いるのを自粛するように要請してる。現実の戦争地域において守護効果を発揮する価値の高い記号がゲームにおいて軽はずみに活用されている為にその効力を弱めているだと主張だ。カナダの場合は赤十字の取り扱いは法律で定められている

実際赤十字の取り扱いは平時・戦時両方で国際法・各国の国内法で厳しく規定されているが、これをフィクションの世界に持ち込み出したのは私の知る限りごく最近だ。

実はこれはカナダに留まらず日本でも発生してる。Mixiアプリとして有名なサンシャイン牧場から赤十字の記号が消えたのも赤十字の標章及び名称等の使用の制限に関する法律という説がWikipediaで掲載されている。これは本当かどうかわからないが、実施現実社会での赤十字マークの乱用についてこんな報道がある:「赤十字マーク誤用しないで/「法律違反」と日赤」

現実社会においての赤十字の取り扱いを風化させてはならないと私も思う。戦時において赤十字マークを乱用した違法行為や違法スレスレの行為は戦史に興味を持つ身としては多少知っている。しかし現実の赤十字マークの取り扱いや、赤十字国際委員会が推進する国際人道法遵守を促進するのにフィクションでの取り扱いに言及するのは良しとしても、規制を持ち出すのはあまりにも恥かしい。

現実社会に於ける犯罪行為につながるからゲームを規制すべきだという論理はいくつもあるが、映画や小説をさて置いてゲームというメディアに限って規制は押し進めるべきという考え方は次の三通りに要約できるのではないだろうか。

1)インターアクティブだから(視聴者が描写内容について選択の自由があるから)
2)リアルだから
3)影響力が大きいから

一番目がいかに馬鹿らしいかはギャラガの例で既に触れさせて頂いた。さらに言わせて貰うと犯罪行為を物語の一部として読むのは良いが、それをプレイヤーとして起こしてははいけないという論理を押し進めると、小説・絵画・映画においてそれらの行為を創作する制作者は真っ先に規制されるべきだという論理へと繋がってしまう。想像力が違法であるという主張に他ならない。

「リアルすぎるから規制」という二番目だが、これもメチャクチャだ。スクリーンの前で戦争ゲームを楽しむのと五感が総て圧倒される現実の戦争体験の違いは言うまでも無い。例え人間の五感を完全に制覇できるような仮想ゲームがあっても現実と根本的に異なる事がある。それはゲームはいつでも止められるし、人死にが発生しないという事実だ。これがあるのとないとでは天と地の差。サバイバルゲームにしてもここが根本的に違う。現実の軍隊は入隊者の人間性を完全に否定するところから始める。そうしないと他人を殺害するという行為に対する人の良心の呵責を減退させることができないからだ。ゲームは逆に総て自由である。人間性を発揮するもしないもそのプレイヤー次第。人間性の否定を強制させられる現実の正反対だ。

最後の三番目の影響力が大きいというの倫理だが、これは新参メディアに対して何度も活用されてきた批難手段だ。「今度の〇〇は以前とは違う。影響力が凄すぎるから依然のような表現の自由は当て嵌めるべきではない」という論理は私の知る限り、ここ数百年何度も活用されてきた。小説はその心理描写が細やか過ぎるからダメだ、映画は視聴者の感覚を圧倒させるからダメだ、ロックンロールは人間の生理的本能に働きかけるからダメ、などなど。例はいくらでも出てくる。

現実問題、今尚、訓練されている筈の正規軍の兵士が戦争犯罪を行ってしまう事象が絶えない。例えばイラクでは米兵が連続ドラマ『24』でジャック・バウアーが重要な情報を入手する為に拷問を用いたのに触発されて現実に国際人同法違反を行っているのに憂慮して米軍はバウアー役の俳優、キーファー・サーザーランドに「拷問はダメ」と将兵に演説するのをお願いしている。歴史を振り返るととんでもない戦争犯罪行為が世界でもっとも影響力をもつ本の一つに好意的に描写されている。

旧約聖書、民数記31章第14~18節:「モーセは軍勢の指揮官たち、すなわち戦いの任務から帰って来た千人の長や百人の長たちに対して怒った。モーセは彼らに言った。「あなたがたは、女たちをみな、生かしておいたのか。ああ、この女たちはバラムの事件のおり、ペオルの事件に関連してイスラエル人をそそのかして、主に対する不実を行なわせた。それで神罰が主の会衆の上に下ったのだ。今、子どものうち男の子をみな殺せ。男と寝て、男を知っている女もみな殺せ。男と寝ることを知らない若い娘たちはみな、あなたがたのために生かしておけ。」
http://www.missionjapan.org/cgi-bin/bible.cgi?numbers/31より

赤十字が本当に国際人道法違反を減少させ、赤十字の意義を高めたいならば悪戯に疑心暗鬼に走らず、人と対話して、自らの使命と理想をより率先して啓蒙すべきだ。私はそのような活動に協力したいくらいである。しかし自らが社会的に好ましくないと判断した事柄を廻る表現を一方的に規制し、人の想像の自由を奪ってまでその理念を押し進めようとするのは、人を信用していないのに値する行為であり、信用なくして成り立たない赤十字の理念から遠く離れるのではないかと深く憂慮する。

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