Making a Bad Law Worse – Japan Closer to Revising Child Pornography Law

The last time revision of the child pornography law was considered was in 2009. I talked about the major pitfalls of the current law here.

After winning back the lower house of Diet in December of 2012, the Liberal Democratic Party of Japan made it known they would want to revise the child pornography law in a direction that failed to win support from opposition parties in 2009. The earliest confirmation of this was reported by Nikkei in March.

In 2009, the then opposition party–the Democratic Party of Japan–proposed making it clear that the ban would be restricted to images of real child being abused and making the act of attempting to possess child abuse photos illegal. The idea was since the definition of child pornography was so murky in Japan, as the police can claim images of child that might be included in the National Geographic or any family album as being “child porn” if someone could be proven to be stimulated by it, it would be better to provide a tool to the police to prosecute those who actively seek out material that should be illegal. Remember that producing, duplicating, and distributing child pornography is already illegal in Japan, and thus the DPJ solution was to remove the loophole where someone sending the image could be prosecutable while the who ever was receiving was not.

And yet the Liberal Democratic Party insisted that the definition was just fine, the police can be trusted regardless of the fact that the police has been forced to admit extracting false confessions from innocent people time and time again, and even further, laying the groundwork toward defining images not featuring real children as the same as images of child being actually being abused.

Now we have confirmation from a Minna-no-Tou (Your Party) member of the lower Diet that the 2013 draft of the child pornography revision will be almost identical to the 2009 draft. Taro Yamada has revealed that Sanae Takaichi, the chairwoman of the LDP’s Policy Research Council, came to his office and asked that Your Party cooperate with the LDP’s desire to revise the child pornography law. Yamada stated his opposition, citing how the revision does not exclude fiction, that the law should be renamed to “child sexual abuse prohibition act” to better reflect the purpose of the law, and that there are laws already available to empower the police to prosecute manga that is found to be obscene.

Yamada revealed that it was hardly unorthodox for the head of the powerful LDP Policy Research Council to come directly to a member of a different party to ask for their cooperation, and that the current LDP draft does not change the vague definition of what constitutes child pornography and yet makes its possession illegal. In cases where the accused can be proven to possess child pornography to satisfy his or her sexual curiosity, monetary penalty and incarceration can be levied. Furthermore, and more importantly for anime and manga fans, an investigative provision has been added that requires the government to conduct research into how acts of violations of human rights of children could be linked to manga, anime, CG, virtual child pornography that are similar to child pornography.

It’s important to note that child doesn’t mean someone that hasn’t gone through puberty. In law, a child is a minor, someone under the age of 18. Furthermore, child pornography is defined in Japan as an act that features 1) any pose of a minor engaged in sexual intercourse or any conduct similar to sexual intercourse; 2) any pose of a minor having his or her sex organs, etc. touched by another person or of a minor touching another person’s sex organs, etc., which arouses or stimulates the viewer’s sexual desire; 3) any pose of a minor wholly or partially naked, which arouses or stimulates the viewer’s sexual desire.

This means any manga, anime, and/or computer generated artwork that featured a character under the age of 18 that involves any nudity or sexual act could be targeted in an investigation where a link to “acts of violations of human rights of children” will be sought out by the government using taxpayer’s money.

If that doesn’t revolt you, this might. There is nothing in the revision draft that states the investigation will be conducted by an external third party. The government could appoint harsh critics of manga and anime involving adult situations and craft a report that cobbles together anecdotal evidence and philosophical assertions that justifies expanding the definition of child pornography to include manga and anime.

Some might argue such apprehension is unreasonable and paranoid, but this is exactly what happened in the process that lead to the creation of Bill 156, the December 2010 revision to Tokyo Metropolitan Ordinance Regarding the Healthy Development of Youths that specifically targeted manga, anime, and video games.

In the case of Bill 156, the 28th Tokyo Youth Affairs Conference summoned on December 2008 was responsible for the drafting of the revision of the ordinance to include regulation of “nonexistent youth” involved in anti-social sexual situations and other controversial provisions.

Sankei and NTV has just reported that the Liberal Democratic Party, the New Komeito Party, and the Japan Restoration Party will co-sponsor the revision to the child pornography law. It is rather ironic that one of the leaders of the Japan Restoration Party is Shintaro Ishihara appointed the members of the 28th Tokyo Youth Affairs Conference and helped enact Bill 156 while he was governor of Tokyo.

When questioned by Yamada why while manga and anime are singled out, novels will not be subject to scrutiny, former Prime Minister and current Minister of Treasury Taro Aso (LDP) stated: “…children don’t read novels. Children tend to read manga…” In other words, free speech issues can be shelved if something is easier for children, even if numerous rating systems and zoning provisions exist that is designed to keep sexually explicit material out of reach of children.

I hope to write more regarding this subject soon.

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2013年――同人誌の再定義

この投稿「2013年――同人誌の再定義」は「Redefining Doujinshi in 2013」という題名で全文を英訳し、公表する予定です。それに際してご意見などありましたらお気軽にお知らせください。―兼光ダニエル真

マンガ同人誌がファンの間で活発な発表媒体となってからそろそろ40年以上が経過します。マンガとアニメの世界が爆発的に広がり、様々な作品ジャンル・アニメ作品・商業マンガ雑誌の栄枯盛衰が繰り返されてきました。これにも関わらずマンガ同人誌の世界は拡大と発展を続けました。

ファンの交流の手段の一つであるマンガ同人誌文化。新しいファン交流の手段が登場するたびに紙媒体での同人誌の行く末が案じられました。

マニア同士のコミュニケーション手段である草の根BBSや新しい発表媒体であるPCゲームの登場は、同人誌即売会を脅かすどころか同人文化に更なる多様性をもたらしました。インターネットが一般化することでこれまで同人誌即売会に依存してきたファン同士の交流、そして同人誌という紙媒体を経由した作品発表の手段がネットに移行し、個人出版の形態をとった同人誌が廃れるのではないだろうかと不安がる声もありました。

しかし実際にはネットの普遍化は同人誌文化により多くの人々を引き込むこと結果となり、参加者数が激減したり発表作品が減少することもありませんでした。

同人ショップと呼称されることもある同人誌委託書店の登場、インターネットでの無断転載行為、コスプレの社会での市民圏の獲得、同人作品のネットショップの稼動、一般商業作品による同人誌界の紹介がもたらした更なる露出、オンラインにおける個人作品投稿を主眼に置いた巨大ポータルサイトの台頭、電子出版の一般化――様々な変化の波が同人文化に押し寄せるも意外なまでに同人誌の市場と存在感は揺らがず、今や企業戦略の一部の組み込まれているような時代になりました。

日米両国のファン文化の対比と交流に直接関わってきた人間としてはこの日本のマンガ同人誌文化の強かさに常に驚かせられると同時に多くの疑問を感じてきました。日本では「当たり前」な同人界がなぜ外国では希薄に思えるのか。法律や制度的には砂上の楼閣であるのは否めないにも関わらずどうやってこれほどまでにしっかり根付いているのか。様々な疑問を一つ解明できたと思えば新たな疑問が複数発生します。

翻訳家という立場上、異なる制度や文化について考える機会に私は恵まれてきました。そして海外の方々に日本のマンガ同人誌を理解して頂くにはどう紹介すべきか考えるようになり、そもそも同人誌とはなんだろうかと問うようになりました。マンガ同人誌を廻ってこれまで積み重ねられた伝統や慣習、徐々に構築されてきたインフラや常識、そしてゆっくり変貌する性質や立場について間近な立場で接しているとあまり疑問に感じません。渦中に居る人間にとっては「空気」のようなものなので意識する事があまりないのです。

私もまた日本で生まれ育ち、長年緊密に関わって来た為、同人文化については「なんとなくこうなている」という刷り込みがあります。外国人にそれを説明のを強制されなければあまり深く考えることがなかったかもしれません。

しかしながらマンガ・コミックスを廻る個人創作と発表の機会においては日本は今もなお世界一を誇っています。日本の同人誌文化はアニメ・マンガの成功に根ざしたものであり、その成功は日本独自の文化による物だという意見があります。私はこの意見を承服できません。兎角日本の同人誌文化を限って言えば、「自然」な点はほとんどなく、「こうなるべくしてこうなった」ものはほとんど無い――私はこのように確信しています。

様々な明確な決断、努力して構築された在り様、そして色々な偶然の上に今の日本の同人誌界は成り立っていると考えています。同人誌の歴史を振り返ってみると大きな転機が複数見つけられるからです。そして2013年現在、また新たな大きな転機が日本のマンガ同人誌界を巻き込んでいるように思えます。

そもそもマンガ同人誌は1970年代に定着し、そこから21世紀に変わるまでの間に爆発的な発展と遂げました。同人誌の世界が盛り上がり始めた当時、同人誌と商業誌を隔てる「境界線」は明解で、二者の違いは自明であると思えました。商業誌とは法人が何十人もの専門職を駆使して事業として公で行う商業活動であるのに対して、同人誌とは個人の趣味であり一人か少人数で本を制作し自ら販売を行い同好の人間との交流を主眼とした私的な活動である。もちろん例外はありましたが、全体像を見据えるとこのように結論するのは難しくありません。

実際、日本最大の同人誌展示即売であるコミックマーケットでは参加の条件を個人主体の自費出版であり、商業的販路では入手できないものと長年規定してきました。サークル申込書には「コミックマーケットはアマチュアの為の展示即売会です。法人、営利目的などの団体の参加は基本的にお断りします」と明記されています。もちろんプロを排除しているわけではありませんが、一般のアマチュアの参加を基準としており、参加するサークルに対して商業活動とは差別化された活動を参加条件として設けています。

コミケットは自らを同人誌などの展示即売会であると定義し、同人誌を商業販路に乗っていない個人出版と大まかに定義する一方で、オリジナル同人誌(自費出版)最大のイベントであるコミティアでは異なる基準を活用しています。企業と法人のサークル参加を受け付けない一方で、個人主体のサークル参加者によるオリジナル作品である限り商業作品の頒布も容認しています。

この一方、多くのイベントでは同人誌の定義もサークル参加の条件について明確に規定しないのが数多くあります。「同人誌即売会なのだから個人主体のサークルが商業誌ではない同人誌を売る場所」という「常識」が見え隠れするのです。これは即ち「同人誌は個人主体であり、企業や法人による出版事業は商業の世界に留まるべき」という暗黙の了解のような共通認識が強い力を発揮していると言えます。

もちろん、この共通認識は完全ではなく、時代と共に変化しています。しかしそれ自体、どのように構築されて維持されてきたのでしょう。

同人誌と商業誌が異なるというのは当たり前と思われるかもしれませんが、そもそもそのような差別化は先進国では日本でしかありません。個人が自ら娯楽を制作し、それを他人へ発信するにはそれなりの豊かさが無いと成り立ちません。アマチュアによる創作活動は欧米ではめずらしくありませんが、「同人誌」という独自のメディアの区枠は希薄そのものです。商業誌と同人誌と言う区分は設けられず、出版事業の大きいか小さいかで差別化される傾向が非常に強いのです。

ファンジン文化というのが欧米でもありますが、これは同好の人間が交流と情報配信・作品発表しる手段であるという点では日本のマンガ同人誌と似ています。事実、1970年代初頭の段階では日米の間ではファンジン文化は非常に似通っていたといえるでしょう。しかし日本ではマンガ同人誌が驚異的な発展を遂げた一方、アメコミファンジンは評論系の比重が強いままで裾野が広がることはありませんでした。1970年代、アメコミ専門店の発展に土台となった配給システムが非常に規模の小さい商業出版事業の操業を可能とさせました。この為、日本では同人誌の世界に留まるような表現もコミック出版の世界に食い込む事が出来たのです。もちろん、これらのほとんどはオリジナル作品ですが、パロディも一定の範囲内ならば商業的な展開が可能です。

米国にファンジン文化は1980年代に入ると政治色の強い社会啓蒙的執筆やニッチな趣味の交流の場としての色合いが強くなり、娯楽性に富み多くの読者を楽しませられるような作品は益々商業コミック出版の世界へと押し出されて行きました。即ち日米で共有されていた「ファンジン文化」は米国では娯楽作品と主体とした弱小出版事業と政治色やサブカル色が顕著なZine文化へと変貌していったと言えなくも無いと思います。

以上、「ファンの発行物」として日米を比較しましたが、それでは「自費出版」という区分けで比較するとどうなるでしょう。欧米でも自費出版は珍しいものではありませんが、「出版の基準に照らし合わせて劣っている図書」であるとしてvanity press(「虚栄出版」――自己顕示欲から生み出された見栄の固まり)というレッテルが長い間定着しています。ネットと電子出版がもたらした「情報の配信の民主化」と弱小出版社の脆弱化から自費出版は見直されていますが、「良い原稿ならば出版社がいつかは拾い上げる」「出版社から受理されない本は劣っている」という偏見は今尚強いと言っても過言ではないでしょう。

またマンガ作品に限って言えば、ファンジンという形態では頒布するには日本の即売会のような頒布する機会は限定されており、結局の所は郵便による通信販売が大きな比重を占めます。こうなると多少背伸びしてもアメコミ専門店の配給システムに乗せることが非常に魅力的に見えてきます。

つまり日本のように「商業出版では出来なくとも同人出版ならば出来る」という発想自体がないのです。すべて規模か優劣の問題であり、「同人ならば許される」というような棲み分けがなく、同人出版そのものの魅力的が日本に比べると弱いといえるかも知れません。

絶対的価値観が顕著な欧米では不特定多数の他人の目に届くような活動については等しく法の下で判断されます。もちろんゲリラ活動的な執筆・出版行為は主にZine文化の範疇で行われていますが、これらは政治色が強い創作活動や社会的メッセージ性が強い著作物以外ではあまり見かけられません。

逆に日本では相対的価値観が強く、「アマチュアの範囲ならば追及しない」「ほどほどに弁えているならば相手にファンの関心が向うような機会を与えたくない」「同人ファン活動に留めている限りとやかく言わない」など通常の出版社が行えば問題になるような二次創作的著作物でも同人誌ならば黙認する傾向があります。もちろん法律ではこのような例外規定はありません。しかし多くの著作権や出版に廻る法律規定は親告罪であったり、解釈の猶予があるためにこのような差別化を内在した棲み分けを奨励する状況を生み出しています。

しかし日本では相対的価値観が強いと言っても娯楽コンテンツ全般に対して同じような許容的姿勢を示しているというわけではありません。「玩具模型の中における同人誌」とも言えるようなガレージキットは当初は趣味の範囲、私的領域から派生したにも関わらず現在では企業の承認なくして他人と共有する事が出来ません。音楽についてはかなり強大な権利団体が関連する知的財産権について例外なく追及する姿勢を示しているのは周知の事実ですし、警察も猥褻の追及については同人誌に対して当初黙認していたのも1991年を境に追求するようになりました。つまり現在の同人文化は必然ではなかったと考えられるのです。

私は日本語の同人誌を英訳する際に色々な表現を模索しました。しかし数年掛けて思案した結果、最終的には「doujinshi」(若しくはd?jinshi)がもっとも適当と感じ、この表現を率先して使ってきました。1995年頃の話です。このような結論に至って最大の理由は「同人誌は日本において独自に進化したメディアであり、その歴史や形態において他国の出版文化とは大きく異なるので置換は不可能」と思ったからです。

同好の人間が原稿を持ち寄せ、生み出された本を志を共有する人間と共有する行為は少なくとも明治まで戻りますが、マンガで同じような活動が活発になったのは60年代以降です。1950年から1960年まで石ノ森章太郎が執筆・編集した『墨汁一滴』がほぼ確実に日本初のマンガ同人誌ですが、この本は肉筆回覧版形式(原本が一冊しかなく、それを代わる代わる会員が読む)だった為に、現在の同人誌の形態がから大きく異なります。1960年代に入ると謄写版(ガリ版)[mimeograph]の普及とマンガ文化の発達を伴って、現在の同人誌文化へと大きく近寄ります。各学校のマンガの同好会などで(1)プロ以外の人間が(2)仲間達に提供するのを目的で原稿を執筆し(3)複製印刷物を用意し提供していました。現在の同人誌の定義とかなり近づいていますが、この当時制作された同人誌が提供さえる場所は学園祭・地元の本屋さん・学校のクラスメートへの提供と、地域的に限定されていました。

SF大会など、地方や日本全国から人間が集まる会合が70年代に入ると大幅に増え始めます。コミケットもこの流れの一つに数えられますが、この段階で大きな転換期が訪れます。それまでは同好の人間が趣味の対象を色々な形で祭りました――上映会の開催、ゲストの招待、様々な作品の展示即売会、古書の取引、商業誌先行販売、サイン本提供など盛り沢山でした。しかし1975年のコミケットの開催を境に「同人誌が催しの主役」という形式が根付き始めます。

つまり「(1)プロ以外の人間が(2)仲間達に提供するのを目的で原稿を執筆し(3)複製印刷物を用意する」の三点に「(4)展示即売会会場という領域において限定された不特定多数に対して
頒布」が追加されたのです。

またこの四点はこの時期に急激に変貌を開始します。そもそもコミケットが開催された理由の一つが「商業マンガの作品が画一的に成り始めた」「商業作家が実験的作品が描ける場を提供したい」というのがあります。つまりアマチュアだけのイベントというよりも商業作家も実験できる商業とは違う発表の場という理念が最初からコミケットでは提示されており、これは他の同人誌即売会にも影響を及ぼします。

マンガ・アニメが爆発的な人気を誇り、二者共に若者が自らの文化であると自負できる時代が到来します。マンガは自己表現の最先端の一つであり、マンガに関わる人間も急激に増大します。この為にコミケットのみならず、複数のマンガ同人誌イベントが複数開催され、参加者数は見る見るうちに増えます。商業界も細分化が始まり、多種多様な創作ジャンルが花開き、作家の数も爆発的に増えた1980年代。商業出版においてニッチな趣味性の強い書籍も大量に出回り始め、商業作家が同人誌活動を通して趣味や遊びに興じるというのが珍しくなくなります。同人誌の執筆者の多様性が大きく広がり始めたのです。

1980年代、もう一つ重要な変化が日本のマンガ同人誌の世界に訪れます。同人誌においてオフセット印刷が急激に増え、80年代中盤に於いては商業誌にまったく引けを取らないような同人誌の印刷が可能となったのです。

私のコミケットとの接点はTRCで最後に開催されたC33(1987年の冬)から始まりました。コミケットが大規模イベントとしての礎がかなり固まり始めた時期であり、小規模ながら同人誌の委託販売を受け持ってくれる書店も出現していました。

1980年代後半になると誌面に掲載された内容のみでは商業誌か同人誌かは判断しにくくなり始めます。言うまでも無く同人誌の方が平均値で言えば商業誌より劣っているも、商業作品よりも質の高い作品が急速に増え始めたのです。

商業誌の掲載作品でもパロディがあったり、かなり荒削りな作品があったり、お世辞にもうまいとはいえない作家の作品が沢山ありました。逆に同人誌でも商業誌掲載作品と見間違うようなオリジナル作品や、高度な編集技術の紙面作り、かなり大きな規模の団体による共同執筆活動も複数ありました。

それまで商業出版は「高品質であり大規模」、同人誌は「手作り感覚で小規模」という考え方が定着していましたが、規模でも一部の同人誌は商業誌の発行部数を上回るような数字が出始めます。1990年初頭ともなるとコミケットの参加者は延べ10万人を越え、参加サークル数も1万以上となります。通常ならばこの規模の大きさの出版物を取り扱ったイベントの主役は商業誌であり、欧米人の感覚からすると大規模商業出版社を中央に添え、その周辺にマイナー出版社と作家個人による手作り作品が並べられます。しかし日本のコミケットは原則として商業出版物を同人誌と同一の場所に並べるのを許さず、国内ほとんどの同人誌即売会でも二者を同じように扱うのを奨励していません。

商業出版ではやすやす入手できない創作物である同人誌。その同人誌が異様な魅力を発し、多くの執筆者や読者の心を掴む場所が同人誌即売会なのです。しかし同人誌は質でも規模でも人材でも内容でも商業レベルに食い込んでいたにも関わらず、同人誌と商業誌は融合せず、独自の棲み分けが維持されたのです。漠然とした差別化の暗黙の了解が維持されたと言えます。

1996年、これらの状況を踏まえて私は英語圏に向って次のような同人誌の定義を述べました。「同人誌とは商業出版物ではない、個人主体で展開される出版活動であり、配給は限定的」です。

なぜ日本ではこのような作品発表媒体が商業誌と共存できたかですが、色々な要因が働いたと言えるでしょう。私なりの分析を並べると以下の要因が大きな役割を果たしたと考えています。

●同人誌即売会は同人誌を主役とし、開催意義についてあまりぶれなかった。
●商業出版界のとって同人誌界の旺盛は脅威とならず、容認された。また特定市場を廻って同人誌と商業出版が競争するような状況が発生しなかった。
●作家は自らの活動の場を同人誌と商業誌の間で自由に行き交い出来た。
●商業出版が非常に規模が大きく、同人誌の世界に食い込む理由が無かった。
●同人誌は商業界に多くの人材を提供した。
●商業界は同人誌作品で成功した作品を取り込んで出版する事が出来た。
●印刷に於ける技術革新のお陰で同人誌印刷が容易になった。
●日本は国土が狭く、一箇所に多くの人間が集まるのが昔から容易だった為、同人誌展示即売会という社会全般から見るとニッチな趣味も、方々から集まる事で一大市場の構築が可能となった。
●マンガ作品は個人の創作物という考え方が維持された。
●日本のアニメ・マンガ市場が非常に大きく、世界一の多様性を生み出した。

もちろんこの他の要因もあるでしょうし、これらの要因を廻って議論の余地があると思います。しかしながら私なりの分析では1990年代末になると同人誌の定義は当初構築されたものから大きく変貌したといえると思います。マンガ同人誌即売会が活発となった1980年代初頭、先に述べた四点――「(1)プロ以外の人間が(2)仲間達に提供するのを目的で原稿を執筆し(3)複製印刷物を用意し(4)展示即売会会場という領域において限定された不特定多数に対して頒布する」――から大きく逸脱する同人活動は稀有でした。しかしこの四点は今振り返って初めて見出せる特徴であり、その当時はもっと混沌としたやり取りの中で漠然とした概念が支配していたのが散見できます。

マンガ同人誌とは別に同人誌という概念自体は一般社会の中で定着していました。趣味が昂じた仲間達が寄り添って作った詩集や近代の文豪が実験作を掲載した文芸誌やニッチなジャンルを主題としたミニコミ誌などを、マンガ同人誌に興味なくとも一般人が想像するのは容易です。マンガ同人誌も当初はこの延長線上にあり、「クラブ活動や個人の趣味の自費出版」の範疇と思われていました。

しかしやがて同人誌界が爆発的に発達史、独自のサブカルチャーを構築します。社会で広く認知されていた定義とは異なる定義が稼動し始めたのです。商業出版やマスコミの世界が公の世界であるならば、同人誌は私的な世界であり、参加者数は多くある程度まで共有された価値観を持ち、普段の生活から異なる催しにわざわざ参加することを通して独自のアイデンティティーが組み立てられていったのです。

とどのつまり「商業誌ではないモノが同人誌」という自己完結した定義が多くの方々の心中で稼動していたと推察できます。今も尚、この定義は有効なのです。

やがて同人誌界の住民は独自の世界を組み立てていったのです。興味深いのがこの独自の世界は普段の社会生活から隔絶した物だということです。繰り返しになりますが、クラブ活動や個人の趣味の範囲など、私的領域の自己表現手段である同人誌文化が花開く過程において大きな転換が始まります。創作行為をプロも行うようになり、その内容も商業誌顔負けの作品が増え、印刷の品質も商業誌を上回る例も珍しくなくなり、一部の商業誌よりも多くの部数を個人が販売する例が複数確認できるマンガ同人誌の世界。しかし尚、「商業誌ではないモノが同人誌」という暗黙の了解は有効なままでした。

この結果、1980年代末までには既に紹介した次の定義――「同人誌とは商業出版物ではない、個人主体で展開される出版活動であり、配給は限定的」――がより的確になります。わたしが1995年頃に活用した定義はこれです。

しかし2000年代後半になるとまた更なる転換が訪れます。それまでそれなりに容易だった商業と同人の差別化がより困難になり始めました。一言で言えば「商業の世界が同人の世界に近づいた」のです。

具体的には次のような事象が発生しました:
1)営利目的の大型企業がアマチュア制作者の創作物を主要コンテンツに添えた事業を展開を始めた。
2)一般書店が減ったのとマニア向けコンテンツの商業配給が狭まったの対して、同人委託ショップの商業販売が激増し、多くの書店にとって同人委託ショップ経由の商業販売が重要になった。同時にインターネット通信販売のインフラが整備されたことで商業と同人の間に存在した頒布販路の棲み分けがほとんど消滅した。
3)商業出版界が脆弱化し、販売部数も減少した。
4)同人誌から商業誌へ拾い上げられるのがそれまでオリジナル作品ばかりだったのに、更にパロディ作品の拾い上げが増えた。
5)商業創作活動だけでは生活を維持するのが困難になり、同人誌や電子出版など自費出版から得る収入がマンガ家にとってより重要な比重を占めるようなった。
6)同人文化を企業戦略に組み込んだコンテンツ展開が増えた。

今まで有効だった「商業誌ではないモノが同人誌」という概念が今、如実に挑戦されているのです。それでもなお、商業にとって同人活動は競争する物と脅威より商業展開を補助してくれる役割を果たす存在であると感じている企業が多いのが確認されています。その証拠として現在、多くのコンテンツ企業が自らのパロディ作品が数多く並ぶ同人誌即売会に企業出展しています。同人サークルブースと企業ブースでは棲み分けがされているとは言え、昔では考えられないような事態です。一部の企業は同人誌即売会の開催に対して協力を惜しまない例もあります。

こうなると「同人誌は私たちの私的な世界」という世界観が根底から脅かされている言えます。

もっともインターネットの台頭を伴い、それまで同人誌即売会に活動を限定していたサークルもその活動内容について情報を広く共有するようになりました。例え情報の拡散を臨まぬとしても、紙媒体に発表された事柄は何らかの形でネットでも共有される時代になっているのが現状です。一般社会、商業の世界、同人誌の世界、それぞれ異なる世界でそれまで成り立っていた棲み分けが非常に抽象化し、形骸化していていると言っても過言ではないでしょう。

それでも尚、ネット以前に構築された同人誌の概念は今でも大きな力を発揮しています。それでは「同人誌は私たちの私的な世界」というイメージは現在どのように構築されているのでしょう。

2013年の段階で特定出版物が「マンガ同人誌」であるかどうか検証するには次の四つの点が重要ではないでしょうか。

1)個人主体の自費出版であること。
2)意図的に作品の頒布に限定性を維持していること。
3)読者層が限定されているのを想定した作品作りであること。
4)創作行為を可能とした事業規模を意図的に限定している、若しくは差別化している。

この四点に付いて少々書き連ねます。まず(1)の「個人主体による自費出版」ですが商業出版でも自費出版で成功した例はあります。一番有名なのは『サザエさん』かもしれません。『サザエさん』を始め長谷川町子さんの著作物はご本人と姉妹によって構成された姉妹社によって出版され、商業販路を経由して読者に届けられたのです。自費出版だからといって同人誌とは限りません。

(2)の「意図的に作品の頒布に限定性の維持」ですがこれも同人誌の定義とはいえません。議論の余地はあるかもしれませんが、特定地域に根ざした頒布物や学校内に配給を限定した発行物は沢山ありますが、これらを「同人誌」とは呼び辛いでしょう。地域や学校に限定しているとは言えども、同好の仲間に限定している頒布になっているとは言えないからです。

(3)の「読者層が限定されているのを想定した作品作り」は、作者と読者が同好の趣味を構築している同人誌の最低条件だと言えます。しかしながら同好の人間同士のコミュニティー作りは商業の世界でも熱心に追求されてきました。ネットを経由した交流が容易ではなかった頃、ニッチな趣味を持つ人間同士の交流の場は同人誌やマイナー雑誌に限定されていました。元々雑誌そのものがコミュニティーであり、これは商業雑誌出版でも重要な位置を占めていました。特定の雑誌に投稿する人間は自らを差別化する表現を採用し、独自のアイデンティティーを組み立てるのです。

しかし「同好の人間同士のコミュニティー作り」ほどインターネットの台頭を持って変化したのも少ないでしょう。オンライン上のコミュニティー構築は大変容易で、事細かに細分化出来る上に、反応は即座です。コミュニティー交流ネットに移行したことによって様々な雑誌が廃刊へと追い込まれました。しかし同人誌の世界はこの変化に適応しただけに留まらず、逆にオンラインコミュニティーが同人誌即売会を生み出した例があるくらいです。

つまり同好の人間とオンラインで交流するだけに飽きたらず、印刷された発行物を用意しそれらを持ち寄せ合い、直接触れ合うのに大きな魅力が見出されているのです。これは同人誌即売会が保持する独特の魔法であると言えます。

少し議論は逸れましたが、細分化されたコミュニティーの構築は同人誌の独壇場ではないことはご理解頂けたと思います。同人誌そのもの、その本自体に魅力が認められているという点は同人誌から切っても切り離せない点であり、次の点に密接に繋がります。

最後の点――(4)創作行為を可能とした事業規模を意図的に限定している、若しくは差別化している――は送り手の理念がもっとも強く反映される場所です。要約すると「作者の権限がもっとも発揮できるのが同人誌」なのです。商業活動では決して採算が合わない出版計画を意図的に繰り返すサークルや通常の営利目的事業でならば追求されるべき展開を避ける作家が同人誌界では数多く居ます。

日本ではマンガ同人誌活動がそのまま商業活動に移った例が珍しくありませんが、同時に移行可能にも関わらず商業活動規模に移行しないことを選択しているサークルも多いです。その発行部数や人気の根強さから商業出版界から注目されるようなオリジナル創作活動を行っているサークルは決して少なくありません。また逆に普段は商業活動を行っている作家がわざわざ商業と同人活動を差別化している例も非常に多いです。

理由は色々ありますが、これを可能としてるのが同人誌の最大にして今尚も非常に大きな特徴である「作り手が企画・制作・編集・複製・営業・頒布の全ての過程を制御出来る」という点に尽きると思います。商業の世界と同人の世界が非常に緊密になった現在においてもこの特徴は同人誌において顕著です。

以前、アメリカ人学生に「ほとんどの日本のマンガ同人誌は赤字に終わるのであれば、なぜ製造コストがゼロに出来るネットで行わないのか」と尋ねられたことがありました。わたしは答えは上記です。確かにネットでの公開は印刷費のリスクを避けられますが、頒布の範囲を限定させる事は非常に困難です。同人誌ならば発行部数を管理できますが、無限に劣化ゼロのコピーが作れるコンピューターの世界ではこれは大変困難を極めます。またネット経由した頒布は特定のファイルフォーマットに依存します。「ヒノキの箱に収めた和紙に印刷された巻物状の同人誌」をネットを通して頒布できません。読者を女性だけに限るというのもネットではほぼ不可能です。

つまり作り手側が読者に送り届ける本の体裁や読者との連帯感について拘れば拘るほど同人誌という形態が魅力的に映るということです。この「作家が全ての過程をコントロールできる」というのが現代における同人誌の最大の特徴かも知れません。

勿論、ネットに無断転載されたり、情報の拡散が顕著な現代、この制御できる範囲は大幅に狭まりました。しかしながら現代において私的領域に留められ、尚且つ同好の仲間と交流でき、自らの作品を送り出すもっとも利便性の高い手段が印刷された同人誌であるが故に強い魅力を感じている人は数多くいるのではないかと私は考えます。もちろん中には意識的にそのような選択を行っていない方々も沢山いると思います。

周りが同人誌をやっているから自分もやってみた。意中の作家が同人誌活動を行っているから模倣した。特定作品を祭る作品が同人誌でとても多かったから自分も飛び込みたくなった。商業作家は志さないがマンガが好きなので商業出版の真似事だけでも試してみたかった。自分の趣味を追及できる場所としては適当で、同好の人間と接しやすいから続けている。作家として自らの力量を試せる気軽な媒体だから始めた。特別な居場所だと感じたから辞められない。などなど……

作り手の数だけ様々な同人誌活動を行う動機があるのでしょう。しかしこのような漠然とした印象の下で成り立っている同人誌活動も結果としては「私的領域」を形成していると言える思います。実際に同人誌文化の渦中にいると「私的領域」という常識は半意識的に共有されている側面が非常に強いです。しかしながらこの特徴が意図的に重視されたのではなく、同人誌即売会の体裁や商業誌との差別化の過程の中で醸成された可能性も否定できません。

日本では社会生活などにおいて様々な「棲み分け」が顕著ですが、これは英語ではcompartmentalization、即ち「隔離・切り替え・モジュール化を可能とする仕組み」と形容しています。棲み分けが社会的に浸透している日本において「私的領域」と「同人誌」が強いつながりが構築するのは必然と考えがちですが、。必ずしもそうとはいえません。冒頭での指摘しましたが、例えばガレージキット業界も出自は個人の領域で長い間「私的領域」に収まっていましたが、主に外的な理由からより公的な領域へと変貌しました。同人誌界もガレージキット業界と同じ道を歩む可能性がなかっとはいえませんし、これからの根底から変質する可能性があります。

重要なのは同人誌界の現状が成るべきして成ったと考えるのではなく、如何にして現状が構築されてきたかを見詰めなおし、それをどのように守るのかを考えることではないでしょうか。それが同人誌の定義を再考するわたしの中で生まれた結論です。

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ストライクゾーン「パンツじゃないもん!」9への参加決定

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第8装甲連隊はストライクゾーン「パンツじゃないもん!」9に参加します。
配置場所は「スト54」で、ストライクゾーンは3月17日に大田区産業プラザPIOにて開催です。
くわしくはこちらのサイトをご覧下さい。

サンクリで発売したコピー誌、『海辺のサファリウィッチたち』の増補改訂版を発売します。ページ数は大幅に増やして32ページのオフセット本です。表紙は土代昭治さんに書き下ろして頂きました。
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ゲストが大変なことになっています。掲載順にならべますと:

土代昭治さん
A士さん
清水清さん
井上純一さん
京極しんさん
あかやま壽文さん
龍炎狼牙さん
こいでたくさん
高永浩平さん
長谷川竹光さん
たけのこ星人さん
足が折れたさん
水無月十三さん
蒔野靖弘さん
もずさん
Bachさん
きむらひでふみさん
あさりよしとおさん

兼光のコラムもそのまま掲載してあります。

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恐らくこんな北アフリカウィッチ水着本は前代未聞でしょう。なぜ水着本?愚問です。何故水着本が出なかったかを考えるべきです。

冗談はさて置き、北アフリカのウィッチたちの休暇の一時に焦点を当てて少しでも世界が広がるとうれしいです。

会場限定のウィッチプロフィールの最新版や若干数の既刊、それに野上さんの既刊もも寄せる予定です。

何卒よろしくおねがいします。

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第8装甲連隊活動報告 サンシャインクリエイション58

どうもです。兼光です。
2月11日に池袋で開催されるサンシャインクリエイション58にサークル「第8装甲連隊」が参加します。

配置場所はA1ホールのI-12aです。
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『獅子の魔女スペシャル~海辺のサファリウィッチたち』を発行します。

ウィッチの水着姿を見て士気を上げる本です。士気を上げるのが目的ですよ。大事な事なので二度書きました。

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こう言った企画本も機会を見つけて積極的に出して行きたいと当サークルでは考えています。

今回はあかやま壽文さん、A士さん、高永浩平さん、長谷川竹光さん、Bachさん、水無月十三さんの皆さんにご参加いただけました。小生、兼光も考察コラムの書き下ろしを用意しました。

カラー表紙のコピー本で、本文はモノクロです。
それほど沢山の数は用意できませんのでご留意ください。

野上さんの『アフリカの魔女総集編』や『スフィンクスの魔女』の在庫やその他、親しくさせて頂いているサークルさんの委託を行います。

『獅子の魔女~外伝』と『ウィッチプロフィール(20130212)』も持ち寄せます。後者のウィッチプロフィールは会場限定ですので、もし冬コミに買いそびれた方には是非どうぞ。

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アメリカの日本アニメ・マンガファンの世代の変化

長期間アメリカで暮らしたことのある兼光ですが、わたしにとって何よりも貴重な体験一つが米国での日本のアニメの受け止められ方の変化を現場で直接観察したことです。私はガンプラブームの直後にカルフォルニアで数年間小学生生活を過ごし、中学のころにもサンフランシスコ・ベイエリアで一夏を満喫しました。そしてミネソタ大学生時代の前後、約12年間ミネソタで暮しています。

この間、アメリカに於ける日本のアニメ・マンガへの受け止められ方は大きく変わりました。パロ・アルトでガンプラが手に入らないと父に泣きつきわざわざ日本から持ち込んでもらいましたが、数年後の中学生卒業の夏休みに同じパロ・アルトに訪れるとロボテックという名の元でOEMパッケージされたマクロスなどのプラモが大量に販売されていました。大学生時代になると日本から直接新しいガンプラがパッケージも変えられずアメリカの模型店で安易に入手可能となったのです。

これは飽くまでも一例です。日本のアニメのDVDソフトやサントラCDの浸透、アニメ雑誌の変遷、現地のファンの姿勢、マンガの翻訳の傾向、色々変わりました。

この中でもアニメ・マンガファンの傾向が世代ごとにかなり異なっているのは日本からでは解りにくいと思います。私自身、アメリカのアニメ・マンガファンについて正式な調査をしたわけではありません。しかし40年以上、日米で過ごした時間から得た個人的な体験や観察してきたアニメファンを頭の中で整理しているうちにおぼろげながら世代的な違いを判別できるような気がしてきました。

かなりおおざっぱな見立てなのですが、友人知人に話すと皆それを公表しろと言われるので、ご要望にあわせて簡単に書き留めたく存じます。

大よそ北米のアニメ・マンガファンは四つの世代に区分できると兼光は考えています。

第一世代がロボテック以前に日本アニメを日本製と意識せず慣れ親しんだ世代です。40~60才の方々です。彼らにとって日本のアニメ・マンガは様々なノスタルジーと共に「面白いモノ」として捉えていると考えられます。

第二世代がロボテックなどで日本製アニメとマンガに出会い、その刺激的な内容に熱狂しそれらを能動的に布教した世代です。現時点では30~40才のこの世代にとっては日本のアニメ・マンガは刺激的な「違うモノ」として捉えていたと考えられます。

第三世代はアメリカで日本のアニメ・マンガがメジャー化し、性別・年齢・ジャンルに問わず接した方々です。1999年前後に初めて日本のアニメ・マンガに接したこの方々にとって、日本からやってきた作品群が身の回りの環境に比べて異質であるのは当たり前ですが、同時に「共有される新しいモノ」でした。日本からほぼリアルタイムで沢山の作品に接しているので、それ以前の作品群とは接点が薄いのです。この世代の年齢層を絞り込むことは非常に難しいのですが、大きな影響を与えたのは1999年前後の時点で物心ついた年齢から大学生の年齢(5~25)でしょう。中核が14歳あたりと仮定すると、2013年の段階で28才くらいです。大まかには20~30才でしょう。

そして最後の第四世代ですが、アニメ・マンガが潤沢に入手出来るのが既に当たり前の世代です。1990年代末の爆発的発展を意識していない世代であり、彼らのとって日本のアニメ・マンガというのは最初から「気軽に手に入るものモノ」であり「表現手段としては極々ありふれたモノ」です。おおよそ今の1020才がこれに相当すると言えるでしょう。

この四つの世代は年齢でも大きく異なりますが、性別も所得も地方性も価値観も大きくことなります。これらを一緒くたに纏めるのは非常に危険だと小生は思いますので、簡単にそれぞれの世代について解説したいと思います。以下の分析は飽くまでも兼光の主観の分析ですし、一般論です。本当は時間を見つけてもっと第四世代について調べたいのですが、若干の推論の元で進めさせていただきます。

第一世代は1960年代~1970年代に日本から輸入されてきた主にアニメを診て育った方々です。TVで娯楽を享受し、アメコミがまだまだ旺盛だったことに育ちました。社会的には結構広範囲であり、性別や所得・地方性には突出した傾向は確認できません。

アメリカで日本のアニメがブレイクしたのは1990年代に入ってからですが、実はアニメはそれ以前にもピンポイントでアメリカに輸入されていました。『マッハGoGoGo』、『ジャングル大帝』、『鉄人28号』、『鉄腕アトム』、『宇宙戦艦ヤマト』などがこの時期にアメリカで放映されました。

この時期にアメリカに輸入された作品群は多くの場合、主人公の名称を英語名に変更したり、発祥した日本文化の要素を削ぎ落とすことが顕著で、おおよそ多くの視聴者たちは海外の作品と言う印象が感じられないのを意図されていました。もちろん既存のディズニーやワーナー作品ではないことは一目瞭然でしたし、翻訳や吹き替えがたどたどしいことがあったりして、アメリカの作品ではないということは隠せなかったのですが、なにはともあれアメリカのTV放送の世界の中でなるべく馴染むよう導かれていました。

1980年代初頭、日本でアニメやマンガ、それにSFファン活動が活発化した際、アメリカで日本からの来訪者をSF大会などで迎い入れてくれたのはこの第一世代の方々が多かったのです。主に1950年代から1960年代生まれの方々で、比較的男性が多いですが、圧倒的に女性が少ないわけではありません。北米向けに選ばれた作品が男児向けというのが大きな理由だと思います。

やがて1980年代中盤になると第二世代が生まれます。日本でよりリアルなロボットアニメ作品が増える一方で、アメリカのカートゥーンはある種の「幼児化」が進みました。これは複数の要因が関わっているのですが、要は1970年代までは日本のアニメもアメリカのカートゥーンもパッと実はそれほど違いが際立たなかったのが、1970年代後半・1980年代前半で徹底的に大きく異なる特質が目立ちます。玩具販売目的の子供だまし的要素や教育的啓蒙志向がアメリカでは強化される一方で、日本ではより成熟した視聴者を念頭にした人間ドラマや暴力描写、シリアス路線・リアル路線が急激に進みます。

1990年代以前までは日本のアニメに対するアメリカの需要はそれほど大きくありません。TVの放送枠を安価に埋めるのに日本の番組は安価で入手出来るから活用されたのであって、「日本の作品だから欲しい」というのと根本的に違います。

1980年代に入って『ヤマト』をアメリカに輸入した方々が今度はメカが豊富で、作画も際立つ日本のロボットアニメ作品に手を出します。いわゆる超時空シリーズと言われる『マクロス』、『モスピーダ』、『サザンクロス』が編纂され、一大大河ドラマ『ロボテック』としてアメリカで放映されます。

アメリカ人視聴者たちにとって『ロボテック』は衝撃的でした。まずビジュアルがこれまで見てきた作品とは別次元にリアルであり、緻密でした。メカ設定や物語もこれまでの勧善懲悪とは大きく離れ、より成熟した観客が好みそうなドラマ要素に観客は食いつきます。またキャラクターの作画も大きくこれまでの流れと乖離しました。美少女的絵柄路線にロボテックで初めて接したと言う人が多かったのでしょう。

結果として『ロボテック』ではその作風がアメリカのその他の傾向から露骨に異なることが如実に伝わる為、「この作品は日本製だ」「日本製のアニメはすごい」と「日本製」という性質に際立つことになります。1980年代と言えば日本の経済的発展が顕著であり、消費者向け家電などでは日本製が最良であり、米国製が揶揄されることがあった時期です。「日本製」というのは大きな魅力を含んだ表現だったことは否めないと思います。

『ロボテック』の特異性に食い付き、熱心なファン活動を始めた方々が全米の大学生の間で散見できます。アメリカで「日本のアニメ」が市民権を得たわけではありません。大学生みんなが熱中した訳ではありません。しかし「日本のアニメはすごい」ということを祭るのに献身的な活動を始め、彼らの活動が全米を通してネットワーク化してゆくきっかけになりました。

これが第二世代です。主に男性で小学生から大学生まで巻き込んでいましたが、ファン活動に熱心に関わり始めたのは大学生ばかりでした。第二世代北米アニメファンはそもそもアメリカの既存の文化とは違うモノに関心が強い方々が多く、アニメと一緒に東欧の映画や地ビールを楽しむようなちょっとインテリな特徴が目立っていた印象があります。明らかにジョック(体育会系)ではなくナード(文科系)の趣味の領域でした。所得も中産階級であり、明らかに都市部の嗜みでした。

第二世代にとって幸せだったのはファン活動する敷居が非常に低くなっていたということです。家庭用ビデオデッキの浸透のおかげで日本から新しい番組を入手するのはそれほど難しくありませんでした。SF大会の文化の中でアニメの上映会をするのも容易であり、コンピューターネット(USENETや草の根BBS、それと初期のインターネット)を経由した遠距離コミュニティ作り、またPCを活用した字幕作成やDTPが以前に比べると信じられないくらい楽です。

つまり第二世代の最大の特徴は「能動的に日本のアニメ(そしてやがてマンガ)を啓蒙し、ファン活動する」のが当たり前の世代だったのです。

この世代ではファン活動に飽き足りず、商業ビジネスに乗り出す方々も出現します。AD VisionCentral Park MediaAnimeEigoのなどの会社はこの時期に生まれました。

第三世代は北米でも非常に珍しい時期に思春期を迎えました。まずインターネットを通して今までとは比べ物にもならないほど世界が広がったこと。これに先立って、世界を二分にしていた冷戦が終結し、物流と文化が世界中で結びつくグローバリゼーションが進みました。米国は昔から様々な海外の文化に影響されてきましたが、そのほとんどは欧州を震源としたものが多く、同じ英語圏の作品であっても米国の文化に合わせて翻案されるのが一般的でした。しかし『ドラゴンボール』、『セーラームーン』、『ポケモン』らの作品群はそのまま翻訳されただけでテレビで放映され、アメリカの歴史にはかつてない社会現象を巻き起こしました。

第一世代でも第二世代でも日本のアニメの作品はテレビで放映されることがありましたが、90年代以前は基本的にその数は少なく、北米の価値観にすんなり受け入れられるようにローカライズされていました。90年代以降は『ロボテック』などのようにかなり本来の作品性がかなり保持されていましたが、それでも放映点数が少ない上にその影響力は特定の客層(10~20代の男性)に固まっていました。

しかし第三世代は波状飽和攻撃ともいえるような怒涛の勢いで日本のアニメ・マンガ・ゲームに接しました。年少には『ポケモン』、男児には『ドラゴンボール』、女児には『セーラームーン』というわけです。しかもどれもこれもアメリカでは慣れ親しまれている娯楽番組に比べて大きく異なる作品性が高く評価され、絶大な人気を築き上げます。『セーラームーン』などやがてテレビ放映が打ち切られてしまいますが、長期間に渡ってその人気は維持され、ロングセラーとなって行きます。

この他にも『千と千尋の神隠し』、『攻殻機動隊』、『新世紀エヴァンゲリオン』、『トライガン』、『少女革命ウテナ』などそれぞれの作品単体でも充分インパンクとがありましたが、ここで特に重要なことはこの世代はこれらの作品群をほぼ同時に接したのです。それまで知らなかった記号や様式美、演出に基いた作品群の世界が突然目の前に広がったのです。言うなればそれまで英語しか知らなかった人間が突然新しい言語に接し、その魅力をあまつことなく享受できた瞬間でした。

第二世代がコツコツと積み重ねてきて開拓の努力が突然、実を結び爆発的な市場が出現したのです。その開拓の方向性や啓蒙の努力が一部で大きな問題を抱えており、これがやがて北米での日本マンガ・アニメ市場のバブルと冷え込みに繋がったことは重要な議題ですが、ここでは世代の傾向の議論なので割愛します。

紹介で第三世代にとって日本のアニメ・マンガは「共有される新しいモノ」と要約しました。思春期を経由して自意識が固まる中において、この世代にとってアニメ・マンガは無限の可能性を秘めた世界に見えたらしく、ファン活動もそれまでの啓蒙主体ではなく、コスプレやミュージックビデオ作りやゲームのMOD作り、そして二次創作など「その世界を満喫する」のが目立っています。消費もファン活動の重要な一翼であり、ファンイベントに於いて販売スペースであるディーラーズ・ルームが驚くほど巨大になりました。

第三世代と第四世代の区分は非常に困難です。そもそも第四世代という新しい世代がいるのではなく、インターネットの出現によってそれまで以前の世代、全てが大きく変わったという見立ても決して誤りではないと思います。しかしやはりインターネットが社会に中で広く浸透して、日本のアニメ・マンガの供給が潤沢になっている今日しか知らない世代とそれ以前ではかなりの隔たりがあると小生を感じるので、この区分を設けました。

第四世代の最大の特徴はインターネットとの付き合い方です。物心ついた頃からネット環境が当たり前であり、日本のアニメ・マンガが簡単に入手できない時代の記憶を持ちません。このような容易で円滑なネット環境は全米でも未だに完全に浸透していません。地域や所得・職業に準じてこのような環境の普遍性が上昇しますが、おおよそ2004年~2008年頃までにこのような環境の浸透が全米でより一層進んだと個人的には考えています。

この世代にとって日本のアニメ・マンガはごくありふれた物です。地元のお店に行って簡単に入手出来るものではありませんが、ネットで二・三回クリックすれば自分たちが欲しているコンテンツにアクセスが出来ます。昔からアニメ・マンガのファンを続けている人たちもまた同じように最新のコンテンツにアクセスできますが、「希少性」という価値観が異なるのだと思われいます。

テレビで「無料」で垂れ流されているコンテンツに対して希少性を感じないと人はめずらしくないでしょう。実際には広告収入などによって支えられているのであって決して無料ではありませんが、「希少性」という点からすると日本のアニメ・マンガは大きく普遍化しました。四六時中ケーブルテレビや地上波全国ネットから日本のコンテンツが放映されている訳では決してありませんが、アメリカでは市民権を得たと言っても過言ではないと思います。

第二世代と第三世代にとって日本のアニメ・マンガの世界はそれ自体珍しい存在でした。しかし第四世代にとっては決して珍しい存在ではなくなっているのです。「対価」を払うほど彼らにとって珍しいものではないのは否めない事実でしょう。つまり作品単位でしか購買意識が湧きにくいのがこの世代の特徴だと思います。ある意味これは普通の感覚です。

もちろんこれは一般論であり、第四世代以前にとっても日本マンガ・アニメの希少性が大きく下がったのは確実です。しかし「ネットのおかげで日本のアニメが売れなくなった」という単純な水掛け論よりももう少し踏み込んだ分析が必要だからこそ、世代ごとの価値観の土台と変遷を理解する必要があると思います。

かなり駆け足ではありますが、以上がアメリカの日本アニメ・ファンの傾向について私なりの分析でした。今後また必要に応じて変更したり追加したりしたいと思います。アメリカについて考えるのに少しでもお役に立てれば幸いです。

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第8装甲連隊2012年冬コミ(C83)ご報告、通販のご案内、サンクリ58当選

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
年始のご挨拶するにはかなり遅れてしまいました兼光です。

1940Spring8thRgHexen copy30上の画像は『獅子の魔女~01』でご紹介したアラスの戦いのちょっと前でしょう。左からミルデ、ベッカー、キュンメル、クルシンスキー、トーゥロヴ、クルック、以上6人の第8装甲連隊の陸戦ウィッチがII号戦車の前で記念写真と撮ったところですね。ミルデは赴任してきたばかりで笑顔が硬く、一方ベッカーはウィッチとして元気良く活躍しているのが伺えます。全員II号装甲脚を装備していますが、大きさがちょっとまちまちなのは私の画力の拙さの表れです。本当はサイズは同じのはずなのですが、申し訳ありません。

8装甲連隊が初めて申し込んで当選した同人誌展示即売会である冬のコミックマーケットにはたくさんの方々に来て頂けて大変恐縮しました。会場限定の本は正午過ぎくらいには売り切れてしまいました。真にありがとうございます。

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冬コミにはなんとか二種類の新刊を用意できました。こちらこちらで紹介している『獅子の魔女~外伝』については通信販売で入手することが出来ます。もしご興味あればメロンブックスさんかとらのあなさんまでお問い合わせください。

メロンブックス様
http://shop.melonbooks.co.jp/shop/sp_212001058612_8soukou_gaiden.php

とらのあな様
http://www.toranoana.jp/mailorder/article/04/0030/09/91/040030099145.html

会場限定の『ウィッチプロフィール集』ですが、定期的に更新したり追加ページを足す予定です。英語のタイトルのLionheart Witches Production Design Sheetsとしか表記していなくて申し訳ありませんでした。

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最後にイベント参加告知を一つ。次回のサンクリに当選しました!

2013211日、東京・池袋のサンシャインシティで開催されるサンシャインクリエイション58にて第8装甲連隊はA1ホールのI-12aへの配置となりました。

可能な限り新刊を用意したいと思います。また、第8装甲連隊と野上武志さんのスフ魔女・アフ魔女の既刊を少々持ち寄せる予定ですので、どうかよろしくお願いします。

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Illegal Dancing

One short post before I talk about more big topics.
Recently, the Japanese police has been insisting that that laws written in 1948 regarding regulating establishments that allow customers to dance is still needed 60 years later.
I am not making this up.
They claim that laws must remain in the books to prevent “excessively hedonistic atmosphere between men and women to impact social morality and damage wholesome social environments and may affect the healty development of youth.” That’s a direct quote from the police in answering Asashi newspaper’s questioning.
http://www.asahi.com/national/update/1228/TKY201212270988.html
Sounds familiar? It’s the same logic that was used to increase regulation of manga and anime in Tokyo with Bill 156.
The Asahi newspaper specifically asks couldn’t most of the concerns regarding rowdy behavior of involving loose hips be regulated using other legal instruments (i.e. laws that regulate drugs, alcohol, curfews for youth, etc.) but the police insists “those are all legal instruments that can only be applied after [offenses] have occurred. There are too many establishements and we need some form of deterrence. Its just like a driving license. We just want people to fulfill certain conditions.”
Conditions that include not allowing dancing past midnight and such.

Here’s more information if you are interested:
http://www.timeout.jp/en/tokyo/feature/6268/Japan-no-dancing-please
http://www.japantimes.co.jp/text/ed20120805a1.html

This is another sad but clear example of how regulatory bodies work. Once you give police or other bodies certain powers, they will go out of their way to retain any authority that has been entrusted to them, regardless of whether the usefulness of such regulation is warrented.

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